サステナビリティ経営のトピックス サステナビリティ経営のトピックス
脱炭素が世界的な潮流となり、近年はサプライチェーン全体で温室効果ガスの排出削減に取り組む動きが広まっています。日本でも、プライム市場に上場している大手企業を中心に、温室効果ガス削減目標である「SBT(Science-Based Targets)」の認証取得の動きが活発化しており、同時にサプライヤーへも温室効果ガス排出量の把握や削減を要請するケースが出てきています。今回は、サプライヤー群の多くを構成する中小企業における、SBT導入のメリット等について解説します。

パリ協定に整合した温室効果ガス削減目標、SBT

SBTは、企業の温室効果ガス削減目標が、科学的にパリ協定の“1.5度目標”に整合していることを示す国際的な認証で、2015年に世界自然保護基金(WWF)、CDP、世界資源研究所(WRI)、国連グローバル・コンパクト(UNGC)により設立された「SBTi(Science Based Targets Initiative)」によって発行されています。
SBTiは、“1.5度目標”の達成へ向け、地球温暖化の原因となっている温室効果ガスを、企業がいつまでにどれだけ削減しなければならないのか、科学的知見に基づいて目標を立てるためのガイダンスを作成。ガイダンスに基づき、企業が科学と整合する目標(SBT:Science Based Targets)を設定することを支援し、目標が適合していると認められる企業に対し、「SBT認証」を与えています。
「SBT」は企業に対し、5~15年の中長期で温室効果ガスの削減目標と目標を達成するための行動を求めています。環境省によると、「SBT」参加企業は世界全体で年々増加しており、2024年3月時点で7,705社(認定企業:4,779社/コミット中2,926社)、日本においては2024年10月時点で1,297社が認定を取得しています。
「SBT」は現在、世界の機関投資家が企業の脱炭素への取り組みを評価する基準の1つとして大きな役割を担っており、パリ協定に沿った目標設定のグローバル・スタンダードとなっています。

SCIENCE BASED TARGETS
出典:SBT
SBT(Near-term SBT)のイメージ
出典:環境省

企業は、温室効果ガス排出量削減の目標を、申請時から5~10年先の期間に設定する必要があります。
各シナリオの年間削減率が設定されており、2℃未満シナリオでは1.23~2.5%、WB2℃(Well-Below 2℃)シナリオでは2.5%以上、1.5℃シナリオでは4.2%以上の削減が求められています。特に1.5℃シナリオは最も厳しい基準であり、急激な削減が必要です。目標期間内において排出量を段階的に減少させ、目標年度に向けて確実に削減することが求められます。

企業が「SBT認定」を取得するメリットは、下記の通りです。

・企業ブランド向上による市場競争力の強化
パリ協定に整合する持続可能な企業であると取引先や顧客へ発信することで、自社のブランド価値向上、既存取引先との関係強化や新規取引先の開拓、市場競争力の強化を実現できます。また、自社のブランド価値を上げることは、従業員のエンゲージメント向上や採用力強化にも効果を発揮します。
・環境規制への対応によるビジネスリスクの低減
脱炭素への取り組みが世界中で加速する中、炭素税など各国で進む法規制に対し先行して対応することで、ビジネスリスクを低減できます。
・長期的なコスト削減
「SBT認証」取得へ向けた取り組みの中で、エネルギー効率の向上や省エネ対策を徹底することで、長期的なコスト削減につながります。
・補助金獲得時の加点
脱炭素などの気候変動対策を目的とした補助金では、「SBT認証」が申請条件や加点要素となることがあります。例えば中小企業向けの「ものづくり補助金」の〈グリーン枠〉では、補助金の最大上限である4,000万円までの申請ができる要件として、「SBT認定」もしくは「RE100」参画が挙げられています。また、新たな事業・業種への転換・再編を図る中小企業を支援する「事業再構築補助金」の〈グリーン成長枠〉でも、「SBT認証」が加点要素となります。他にも、環境への取り組みが投資家や金融機関に評価され、新たな資金調達の機会を得られる可能性があるほか、金融機関による融資枠の拡大、貸付金利の優遇にもつながります。
(注)補助金の最新情報については、各自治体・政府の公式サイトをご確認ください。
・CDPスコアにおける評価向上
現在、ESGのE(環境)に関する情報開示におけるグローバル・スタンダードの一つであるCDPでは2017年以降、SBTに関する質問を追加しています。「SBT認証」を取得した場合、評価基準の“リーダーシップポイント”で加点され、スコアアップできます。

近年は、中小企業でも「SBT認証」を取得する動きが進んでいます。多くの大企業が『SBT認証』を取得する中、事業者自らの温室効果ガス排出(Scope1.2)だけでなく、その他の間接排出量(Scope3)も含めたサプライチェーン全体での削減が必要となり、大企業に連なる中小企業へも排出量削減を求めるようになってきていることが大きな理由です。こうした傾向は、特にグローバルに事業を展開する大企業から始まっており、そうした企業に連なる中小サプライチェーン企業にとって「SBT認定」は今後の企業経営において重要な戦略の1つとなっていくと考えられます。

ハードルを下げた「中小企業版SBT」

SBTには2種類の認証制度があります。企業規模にかかわらない「通常版SBT」と規模の小さい中小企業向けの「中小企業版SBT」です。「中小企業版SBT」は、2020年4月より導入が開始されており、削減対象範囲が自社の排出量(Scope1.2)に限定されていることや認定に関わる費用が低価格なことから、通常版に比べ申請・承認へのハードルが低くなっています。2024年1月から「中小企業版SBT」の対象となる中小企業の定義が変更されており、これまでの“従業員数500人未満かつ非子会社・独立系企業”から“従業員250人未満”へと、対象となる企業の従業員数が以前の半数となっています。

(画像はイメージです)

「SBT認証」取得へのプロセス

1)現状データの収集とCO2排出量の算出
「SBT認証」取得の第一歩は現状データの把握です。自社の過去1年間の燃料・電気使用量のデータを収集し、CO2排出量を算出します。
2)削減目標の設定
SBTのガイドラインに従い、具体的な削減目標を設定します。目標は申請時から5~10年以内の目標設定が求められます。
3)SBT申請・申請費用の支払い
設定した目標値やデータをSBTiへ提出します。書類は基本的に英文で支払いは外貨送金のため、注意が必要です。
4)審査と認証
提出した目標がSBT基準を満たしているか審査され、合格すれば認証が付与されます。認証取得後は、継続的にCO2排出量を算出し、削減目標へ向け取り組みを推進する必要があります。また、5年ごとに取り組みを評価し、必要に応じて目標を見直すことも必要です。

地方の中小企業で、実際に「SBT認証」を取得する動きも広がっています。環境省発表のデータによると、愛知県のある化学会社では、2030年までに温室効果ガス排出量を50.4%削減(2018年比)することを表明し、素材の変更や再エネ導入を検討しています。また、岐阜県のものづくり企業では、2022年に「SBT認証」を取得。取り組みを社内外に発信したことで、取引先との関係強化や従業員の環境意識向上につながり、社内での自発的な電気使用量削減への取り組みも進んでいます。

中小企業においても中長期視点で「SBT取得」を

脱炭素社会実現へ向けた世界的な流れは、今後、ますます加速していきます。中小企業にとってもはや脱炭素は大企業からの要請に応えるためだけでなく、あらゆるリスク回避やコスト削減、企業ブランド向上といった、経営に直結するものです。脱炭素経営のグローバル・スタンダードである『SBT認証』の取得は、中小企業においても中長期視点で検討すべき時期にきていると言えます。
SBT認証を取得した後は、設定目標の達成に向けた削減活動が重要です。大企業に比べ、人的リソースや資金的に限りのある中小企業においては、いきなり再エネやEV導入などの大掛かりな投資が難しいと思われるため、まずは身近なオフィス環境の更新、見直しから始めていくことが重要です。オフィスの中でも消費電力量の多くを占める空調設備や照明機器を省エネタイプに切り替えることはもちろん、意外なところでは複合機をインクジェット方式に切り替えることでも消費電力を大幅に削減することができます。まずは現状を把握し、小さなステップから自社の脱炭素に向けた取り組みを始めてみてはいかがでしょうか。

(画像はイメージです)

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