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人類の営みの一つである企業活動。私たちは、その源となる資源や原材料の多くを自然から得ています。農産物や水産物といった食料はわかりやすく自然の恩恵であるといえますが、例えば部品などの製造工程や機械操業などにおいても多くの水資源が利用されるなど、ほぼすべての産業は自然の上に成り立っているといえます。電子機器やデジタル機器に欠かせないレアメタルも自然由来の鉱物資源です。また、自然そのものの美観などによって成り立っている観光業は、自然と深い関わりをもつ産業の代表例だといえるでしょう。
こうした直接的なものだけでなく、自然があることで企業活動が営みやすくなるという間接的な影響もあります。例えば、森林に水を蓄える貯水機能があることによって、土砂崩れや洪水の発生が抑えられ、安全性が保たれるというケースです。
このように、自然から得られる便益は「生態系サービス」と呼ばれ、企業活動と生態系サービスは複雑かつ深い関わりをもっていることがわかります。言い換えれば、企業活動は生態系サービスによって下支えされているということでもあります。
生態系サービスは企業活動に欠かせないものですが、自然環境や生物多様性は近年、急速に失われています。世界自然保護基金(WWF)によると、野生動物の個体数は1970年代以降、7割減近く少しており、人間の活動によって絶滅の危機に瀕している種は100万種にのぼるといわれています。
その一方で、新興国を中心として、今後は資源の需要が高まると予想されています。日本では人口減少が問題になっていますが、世界全体ではこれから爆発的に人口が増えると考えられています。国連は、主にアフリカの人口が増加することによって、世界の人口は2080年に100億人を超えてピークに到達すると予測しています。
世界人口の増加によって企業活動がさらに活発化すると、生物多様性の損失はさらに急速に進むことは容易に想像できます。そうなると皮肉なことに企業活動、ひいては人間の生命活動そのものの継続が難しくなってしまいます。こうした状況を踏まえ、企業活動を持続可能なものにする上で「生物多様性を守ることの重要性」に対する危機感が高まっているのです。それがTNFDの背景といえます。
2019年1月、世界のビジネスリーダーや政策立案者などが集まる世界経済フォーラム年次総会・通称「ダボス会議」で、自然に関するリスクと機会が企業の財務に与える影響を測る枠組みが必要だと発案されました。
この枠組みを決めるためのイニシアチブが、今回のテーマであるTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)です。自然に関するリスクと機会が企業の財務に与える影響を開示する枠組みを決めるタスクフォースとして、2021年6月に立ち上げられました。タスクフォースの構成員は、資産総額20兆ドルを超える世界の金融機関や企業など合計40のメンバーです。なお、似た言葉にTCFDがありますが、TNFDはTCFDに続く枠組みとして位置付けられています。
TNFDでは継続的に枠組みの検討が進められており、2022年3月にはフレームワークのv0.1、同年6月にはv0.2、同年11月にはベータ版としてv0.3が立て続けにリリースされ、その後2023年3月にも同じくベータ版のv0.4が公表されました。2023年9月18日にはアップデートされたv1.0が最終版として公開されました。v1.0では開示提言について主に下記の内容が更新されています。
「ガバナンス」・・・【先住民や地域コミュニティとそれらに影響を受けるステークホルダーに関わる人権方針や活動について経営陣による説明をする旨】が追加。
「戦略」・・・【企業の直接の事業・運営において、資産と活動場所、すなわち上流・下流のバリューチェーンをできる限り開示する旨】が追加。
「リスクとインパクトの管理」・・・【企業が上流および下流のバリューチェーンにおいて、自然に関連する依存性や影響、リスクおよび機会について識別・評価および優先順位付けするためのプロセスを説明する旨】が追加。
ベータ版のフレームワークでは、自然に関連する課題にどのようなものがあるのかについて多くの企業がまだ十分に認識できていないという背景から、課題の評価と管理のための統合的アプローチとして「LEAP」という考え方が採用されています。
LEAPとは“Locate, Evaluate, Assess, Prepare”の頭文字をとったもので、日本語では「発見」「診断」「評価」「準備」です。
自然との接点を発見する(Locate)
依存とインパクトを診断する(Evaluate)
リスクと機会を評価する(Assess)
自然関連リスクと機会に対応し、報告する準備を行う(Prepare)
これらの4段階を繰り返すアプローチによって、企業が自然に関連するリスクと機会を評価できるようになるとされています。また、LEAPアプローチの前に各企業がそれぞれ組織を運営するうえで分析するべき範囲について把握し、LEAPアプローチの各フェーズにおける事前のリソース配分を行う「スコーピング」が推奨されています。
スコーピングは元々、金融機関と非金融機関で別々の検討事項が推奨されていましたが、今回のv1.0によって統一されました。TNFDフレームワークにおいて中心的な構成要素として位置付けられています。
これまでに述べたように、TNFDの枠組みでは、自然環境と社会との関わりによるリスクや機会の分析・開示を促すフレームワークを構築しています。
TNFDにおけるリスクは3つに分類されており、TCFDのリスク区分でもある「物理的リスク」、「移行リスク」に加えて「システミックリスク」が挙げられています。物理的リスクは気象事象や自然災害によってもたらされる直接的・間接的な損害、移行リスクは低炭素経済への移行に伴う金融資産の再評価リスクを指します。そして、TNFD特有のリスクといえる「システミックリスク」は、1つの要素の損失から連鎖的な損失が生じ、結果的に修復が難しくなってしまうような大規模なリスクを指します。
また、TNFDにおける機会は、上記で挙げた3つのリスクを回避し、人間社会と生物多様性双方への利益を提供しながら自然や生態系を保護・回復する活動を指します。機会を検討する際には、Nature-based Solutions(自然に基づく解決策)という概念が深く関わっており、これは自然環境が人間に対してさまざまなサービスを生み出しているという知見に基づいています。
上記で述べたように、生物多様性に関するリスクと機会を財務情報に組み込むためのフレームワークを検討しているのがTNFDです。国内では、環境省が2021年12月にTNFDの議論をサポートするステークホルダーの集合体であるTNFDフォーラムに参画したことをきっかけに、大手企業を中心として同フォーラムへの参画を表明する企業が増えています。
しかし、生物多様性という問題は、決して大企業だけが取り組むものではなく、自然を資本として企業活動を営むすべての企業にとっての課題であり責任だといえます。
また、生命や自然環境は気候変動と同等かそれ以上に不可逆的なものであり、そうした意味ではより緊急性、重要度は高いといえるかもしれません。
今後は大企業だけでなく中小企業もTNFDに沿った活動が求められる可能性があり、生物多様性という社会的な課題の解決に取り組むことが、ひいては事業の継続や企業価値の向上にも繋がるといえるでしょう。