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今回は、作品に合った用紙選びについて、アーティストである原久路氏との対話から、「なぜその用紙を選択したのか?」というような、表現者として極めて重要で興味深いお話をいただきました。
作品を仕上げる際に、こだわっている用紙選びとプリントについて紹介していきます。
私が初めてインクジェットプリンターの存在を強く意識したのは、十数年以上も前にロンドンのラボで働いていた時のことです。同僚の女性のひとりがブラウン管のディスプレイ上で写真を調整し、耳付きの水彩紙を裁断してインクジェットプリンターでプリントしていたのです。当時の私は暗室で銀塩プリントの経験を積みながら、就業後には、さまざまなプリント技法として、プラチナプリントや鶏卵紙などの古典技法に夢中になっていました。
歴史的に偉大なプリント技法の多くは水彩紙や版画用紙などのファインアート用紙にプリントするのですが、彼女が取り組んでいたデジタルプリントも、その過程こそ違えども最終的には同じ紙にプリントしていたのです。
インクジェットプリント関連技術の進化により、保存性の高いファインアート用紙が時を超えて再び選べるようになったということは、写真表現の幅を拡げると同時に紙に制作された作品の存在価値を一層高めてくれると思っています。
人々の心を動かす作品はその被写体やコンセプト次第であると思いますが、作品の本質とその価値を引き出すためには用紙選びが重要であるということに間違いありません。
一般的なインクジェット用紙は、面質の違いで「光沢」「半光沢」「マット」の3種類があります。光沢系の用紙は従来の写真的な印象を与え、黒濃度もマット紙に比べて高いため深みのある仕上がりになります。マット紙はより画材紙に近い印象で、光沢がないために見た目に落ち着きがあり、用紙表面にあたる光が乱反射するために被写体自体が立体的に見える特徴があります。
原久路さんは「バルテュス絵画の考察」を始め、写真で作品を発表している現代美術作家です。彼の作品は鶏卵紙という技法と、インクジェットプリントで制作されていますが、インクジェットの作品についてはハーネミューレ社のフォトラグ サテンを選択されています。この用紙の特徴は、インクが乗ったシャドウ部は柔らかな光沢感を放ち、ハイライト部はマットな質感を持っています。この独特な質感の移り変わりと紙表面の凹凸が、彼の作品の立体感と遠近感を強める要素になっているのです。
【原久路プロフィール】
アーティスト 1964年 東京出身。武蔵野美術大学造形学部卒。1993年に渡米し、ニューヨークの映像制作プロダクションにて撮影監督・アートディレクションを行う。2001年帰国後に独立。
東京のMEM、ロンドンのMichael Hoppen Gallery、サンタモニカのRose Galleryなどで個展を開催
彼は用紙の選択について次のように述べています。
「私は絵画や写真を見るとき、いつも過去や未来に思いを馳せます。自分が生きている今を軸足にしながら、ときには3万年前の洞窟壁画をイメージしたり、一万年先の地球を想像することもあります。時代を経ても変わらない普遍的な意味を写真や絵画のなかに追いもとめてしまうのです。自分の作品の制作でも、時代を超越した普遍性をどのように呼びこむかがつねに大きな目標となります。作品に普遍性を呼びこみ、自分の個人的で卑小な存在規模を少しでもはみださせることは、私にとって最優先の目標です。そして、どのような素材にどのような技法でイメージを提示させるかは、作品の普遍性を物理的に決定づけるきわめて重要な手段にほかなりません。私にとってプリント制作における用紙の選択は、被写体の選択とまったく同等の重要性を持っています。」と。
実際のプリント制作の現場では、販売用のプリントは購入者からの受注後に制作しています。したがって、プリントする時期も変われば用紙の製造番号も変わってしまうのですが、原則としてはじめにプリントした品質をエディションが完結するまで維持しなければなりません。そこで私たちは「EPSON ColorBase」でプリンターを定期的に補正しながら、X-Rite社のi1iOで用紙の製造番号ごとにカラープロファイルを作成して厳密な品質管理をしています。そして最終的には実際に原久路さんの目で一枚一枚仕上がりを確認され、世界中のギャラリーそしてコレクターの手元に届けられているのです。
用紙選びにはルールがありません。ディスプレイとプリント結果が正確にカラーマネジメントなされていても、頭の中でいかに用紙の特性を理解していても、実際にプリントをしてこの目で確かめないとその見え方はわからないものです。
「どの用紙が自分の作品に向いているのか?」と悩まれている方も多いと思いますが、その答えを導き出すためには、実際に様々な用紙でテストと比較を繰り返し、ご自身の表現に適した用紙、つまり作品の本質を引き出す用紙を選び出すことが大切なのです。
私は国内外の写真展や文化財の複製などのプリント制作に、エプソンのSureColor「PX-H10000」を使用しています。エプソンの純正紙だけではなく世界中のファインアート用紙、和紙や絹本にプリントすることがありますが、私がエプソンのプリンターを使い続ける理由は高性能であることだけではありません。
「用紙を選ばないプリンター」であるということが、数多くの用紙を扱う私にとって大きな安心感になるからです。みなさまが様々な用紙で作品創りをされる今この時に、エプソンのPXシリーズは力強いパートナーになってくれると思います。
プリンティングディレクター 松平光弘氏(アフロアトリエ) 1999年、ロンドンのラボでプリンターとしてのキャリアを開始。帰国後、プラチナパラジウムプリントやゼラチンシルバープリントで名高い「ザ・プリンツ」に在籍。 |