ポートレート写真のプロ河野英喜に聞く2:
ポートレート写真プリントの技

「河野先生、インクの色で作品は変わりますか?」

ポートレート写真のプロ河野英喜に聞く2:ポートレート写真プリントの技

ポートレート写真のプロ河野英喜に聞く2:
ポートレート写真プリントの技

「河野先生、インクの色で作品は変わりますか?」

二日間をかけて、伊豆で撮影した写真をプリントする河野さん。実は、撮影の段階からプリンター(SC-PX7VII)の特性を意識していたといいます。前半の撮影編はボリュームたっぷりでそこまで紹介できませんでしたが、プリント作業の現場ではその辺りをじっくりと語ってもらいました。使用するプリンターは、A3ノビ対応モデル「SC-PX7VII」です。(TEXT:桐生彩希)

河野英喜(こうのひでき)

1968年島根県出身。独学にて写真を習得。1990年有限会社アドフォーカス入社。1992年よりフリーとして23歳で広告・ファッション誌を中心にプロフォトグラファーとしての活動を開始する。その後、女優や俳優、各界のアーティストなどの撮影に携わり、数多くの写真集を手掛ける。出版された写真集・書籍類は150冊を超す。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。

河野英喜(こうのひでき)
大瀧博人(おおたきひろと)

主に都内でポートレートを撮影し、SNSや展示会で作品を発表している写真愛好家。現在、作品を作るためのプリンターを吟味中。遠出の撮影は初めてと緊張しつつも、静かに闘志を燃やす。
「仲間内でプリントを見せ合うことがあって、そこでプリントの話とかテクニックをよく耳にするので、プロの現場が体験できるこの企画に参加しました」

大瀧博人(おおたきひろと)

(モデル)ユリーカ  https://twitter.com/y_gxit

01撮った段階で仕上がっている

河野さんは、撮影の段階で色も露出も仕上げています。

ちなみに、カメラの設定はMモード(マニュアル露出)で、WBは5000Kにセット、ISO感度はシーンに応じて調整、というスタイルです。

設定だけを見ると、「モデルを追いながら絞りとシャッター速度とISO感度を調整するなんて、すごく大変そう」と考えがちですが、そんなことはありません。

撮影の流れを紹介しておくと、撮影ポイントを決めたら、モデルに立ってもらい、テスト撮影で露出を決めます。ここでイメージするボケや露出にセットできたら、本番はモデルの動きに合わせてシャッターを切るだけ。構図も露出も色も、テスト撮影の段階ですでに決まっているというわけです。
明暗差が激しく難しいシーンでの撮影
明暗差が激しく難しいシーンでも、テスト撮影で露出を追い込んでおけば、本番ではシャッターを切ることに集中できる
撮影時に色を仕上げる理由は2つ。撮影後の処理の簡略化と情報の共有です。

これまで紹介してきた写真家さんも、多くが撮影時に色を仕上げるタイプです。その主な理由は、撮影後の処理を省いて「撮影→プリント作品」の距離を近づけることでしたが、河野さんの場合は、「情報の共有」という一面を重視している点が大きく異なります。

作品を作るにはモデルの協力が必須→そのためにはどのように写すのか作画意図を伝えなければならない→撮影の段階で仕上げる必要がある、ということです。

要するに、撮ったらその場でモデルに見せて、「こんな風にするよ」と意図を正しく伝える手段にしているわけです。

結果的に、プリント前の調整作業はほとんどやることがありません。今回はAdobe® Lightroom® からプリントを行っていますが、Lightroom® は単にプリントソフトとして使っているに過ぎず、色調整は一切せずに作品をプリントしました。
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F2.0、1/250秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F2.0、1/250秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
使用したプリンターは、ブルーやオレンジの顔料インクを搭載した、A3ノビ対応モデル「SC-PX7VII」です。実は河野さん、ブルーインクの発色のよさを活かした作品を作りたくて、現場ではいろいろな「青」に着目していたとのこと。
プリンターはエプソン「SC-PX7VII」を使用
プリンターはエプソン「SC-PX7VII」。CMYKインクのほか、「ブルー」「レッド」「オレンジ」の発色のよいインクを搭載。光沢感を出す「グロスオプティマイザ」インクにより、顔料インク系のプリンターながら、高光沢で高精彩なプリントが得意。プリント用紙は「写真用紙クリスピア<高光沢>」を使用

02作品であり
コミュニケーションツールでもある

参加者の大瀧さんは、作品を作るためのプリンターを探しているとのことで、プリントだけでなくプリンターそのものにも興味を示します。そんな大瀧さんを見て、河野さんが購入を後押し。
河野:こういう作業の場にいると、プリンターが欲しくなるでしょ? 撮ったものを撮ったままにプリントできたらいいのにとか思うよね。
大瀧:みなさんプリンターは顔料インクを推されますが、色の乗りとか、深みとかがよいから?
河野:それもある。あと、ニュートラルな色で出すこともあれば、絵画調にしてみたりとか、紙を変えたりとか。顔料インクはいろいろな表現がしやすいという点と、染料インクのような華やかさより落ち着きのある発色を求める人が多いからかもしれないよね。
RAW現像やレタッチを行わないため、プリント作業はスピーディー。写真をセレクトしたら、あとは一気にプリントを実行するだけです。

次々と出力されるプリントを眺めていた大瀧さんですが、自分の作品が出てくると思わず手に取り、食い入るように眺めます。じっと、無言で。その眼差しは真剣そのもの。

いつの間にかユリーカさんもプリントの前に集まり、写真談義が始まりました。撮影の現場でもカメラのモニターで写真を確認していたし、セレクトの際もパソコンの画面で写真を見ていた3人ですが、「プリント」と「データ」とでは気持ちの入り方が異なる様子。
プリントを手に和気あいあいと談義して、お気に入りの一枚を探し出す
はやる気持ちでプリントを待ち、作品をじっくりと堪能し、プリントを手に和気あいあいと談義して、お気に入りの一枚を探し出す
パソコンの画面では淡々と写真を見ていた3人も、プリントという「実体」を前にすると笑みがこぼれます。撮影の思い出話に花が咲きます。「あのシーンは~」「この場所は~」「ここ寒かった」と。

写真家にとって、プリントは作品であることは確かです。でも、コミュニケーションツールとしての役目もあります。だって、いい歳をした大人がパソコンの前に雁首を揃えて、談笑しながら写真を語り合うなんてこと、よほどじゃないとできません。でも、机にプリントを並べれば、自然とそうなるんです。

03自宅の前でだって作品は撮れる

きっかけは、ユリーカさんが手に取った写真でした。それは、漁村の路地を深く進んだ、寂れた小屋の前(前半参照)で写したカットです。

力強い表情を引き立てるように、微妙に色がにじみ出たモノトーン風のグラデーションが印象的な作品で、ユリーカさんが「マイベスト」と称賛したプリントです。
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F2.0、1/400秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F2.0、1/400秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
ユリーカ:これ凄い。展示したくなる写真。まさか、廃屋の納屋の前だとは思えない。
河野:背景紙(スタジオなどで背景にするための模様が描かれた紙や布)みたいでしょ。なんとなく、格好よく写せるってことは分かってたから。歩きながら、ここをぼかすとどうなるかとか、そういうのを意識してるの。
確かに河野さんは、修善寺でも漁村でも集落でも、朽ちた壁や塀があると足を止め、吟味している節がありました。あれは、背景にするものの見当をつけていたということです。

中でも、トタンは絶妙なグラデーションが出せるよい背景素材だと河野さんは語ります。
ユリーカさんが手にした「マイベスト」作品から、背景処理の解説に入り、撮影スポットを見つけるコツへと話題は移っていく
ユリーカさんが手にした「マイベスト」作品から、背景処理の解説に入り、撮影スポットを見つけるコツへと話題は移っていく。プリントを作らなければ、ここまで話が展開することはなかったはず
ユリーカ:トタンがいい色している。トタンの魔術師!
ユリーカさんが命名。件のプリントは持ち帰るのだと手元にキープしています。

分野を問わず、「魔術師」の二つ名をもつプロフェッショナルはたくさん存在します。「ピアノの魔術師 フランツ・リスト」とか、「視覚の魔術師 マウリッツ・コルネリス・エッシャー」とか、「不敗の魔術師 ヤン・ウェンリー」とか。「光の魔術師」や「色彩の魔術師」などは複数のプロフェッショナルがもつ異名ですが、「トタンの魔術師」はおそらくオンリーワン。

生活感の溢れる町の中には、トタンだけでなく、背景向きの素材がたくさんあります。それを上手く活かせれば、たとえ自宅の前でも作品は撮れるのだと、河野さんは教えてくれました。
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F1.6、1/200秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F1.6、1/200秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
「ここで撮るの?」と思うような民家の前の道端
上の写真の撮影現場は、「ここで撮るの?」と思うような普通の道端。ユリーカさんも少々戸惑い気味だったのか、河野さんは写真を見せて作画意図を伝え、作品性を高めていく

04インクの性能で作品の力を引き出す

「SC-PX7VII」は「ブルー」や「レッド」、「オレンジ」の高精彩なインクを搭載した機種です。通常のプリンターでは、青は「シアン」と「マゼンタ」を掛け合わせて作りますが、「ブルー」のインクがあるおかげで濁りのない青も再現しやすいという特徴があります。

河野さんは、撮影の段階からこの特性に目をつけていました。
河野:ブルーの要素が入るように、ちょいちょい青を入れてはいるんですけど。この写真(下)を撮ってプリントしたときに、涼しい感じの、なんかブルーはブルーでも、ヌケのよいブルーになれたかなって。昨日の夕方の濃いブルー、今日の朝の浅いブルーという感じで、青の出方に繊細さが見られる。ブルーの中のいろいろな違いが表現できている感じ。
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F1.6、1/1250秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F1.6、1/1250秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
河野:この青(下)、すごいでしょ。漁村の路地で見つけた網。女の子の透明感のある肌と、ブルーの相性ってすごくよくて。ブルーシートとかあるじゃないですか、工事用とかの。ああいうのを背景にして撮ったりもするんですよ。でもこの写真、網って言わなければ分からないでしょ?
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F1.6、1/200秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F1.6、1/200秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
網のうねりが色むらになっていて、錆びたトタン同様に、背景紙のような濃淡のあるグラデーションが描かれています。河野さんの言葉どおり、少し明るめに写された透明感のある肌にブルーの相性はとてもよく、クールでスタイリッシュ。

このプリントが出てきたとき、スタッフ陣も取材を忘れ、思わず覗き込んだほど。それほどにブルーのインパクトは強烈でした。

でも、撮影の現場はというと、下のような「なぜここで?」というシーン。言葉は悪いのですが、うらぶれた路地で、収穫も終わり放置された家庭菜園の前、のような場所です。

今回の取材ではレフ板を使うことは少なかったのですが、このシーンは念入りにポジションを決め、レフを当て、と手間をかけていました。なので、とりあえず状況を写しておいたのですが、まさかここで作品を撮っていただなんて……。
ブルーの要素を取り込み、プリントでの違いを楽しみにしていた
プリンターの特性を活かすべく、ひと知れず青探しをしていた河野さん。ちょいちょいブルーの要素を取り込み、プリントでの違いを楽しみにしていたそう
河野:「SC-PX7VII」はブルーが特徴ということもあって、じゃあ、いろんなブルーの中で、どういう風にプリントに反映されるんだろう、っていうのを見たいなと思って。そんな目で場所探し、フレーム探しをしていたっていうのは、いつもの撮影と違っていて楽しくもあります。
河野さんは「青探し」をしていましたが、「SC-PX7VII」は「レッド」インクも搭載しています。つまり、「赤探し」もまた楽しめるということ。

今どき、きれいなプリントが作れるのは当たり前。さらに「個性を活かしたプリント」となると、インクの力や撮影時のイメージ作りが大切になるということです。

05プリントだから活きる繊細な描写

「SC-PX7VII」の特徴でもある「ブルー」インクを活かした写真の話になり、取材もいい感じで着地。あとは、メインビジュアルを撮って終わり、というタイミングでした。河野さんの作品を眺めていた大瀧さんが、ポツリとつぶやきます。
大瀧:これは……前ボケ? 枝?
河野さんが、「気づいたね!」という目を見せました。

それは、枯れ枝の下で撮影した写真です。実はこのシーン、あぜ道を活かした写真を撮るべく大瀧さんの要望で撮影に臨んだポイントです。そんな経緯があるだけに、大瀧さんとしては“研究”せずにはいられなかったのでしょう。

河野さんは、5点のカットをプリントしていました。
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F1.6、1/500秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
LUMIX S1R/LUMIX S PRO 50mm F1.4/Mモード(F1.6、1/500秒)/ISO 100/WB:5000K/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
写し方としては、前半でも解説してくれたとおり、「ボケの背景と顔の周りの+α」で立体感を表現する手法です。加えて一連の写真では、ユリーカさんの手前に大きくぼけた枝が微かに見えていて、さらなる立体感のある描写になっていました。

プリントで見ると、その効果はとても大きい。でも、河野さんがこれらの写真で伝えたい狙いは、そこではないといいます。
河野:あぜ道を入れるか、入れないか。レンズに接するくらい木の枝に近づいて、前ボケにしながら撮ってるんです。今のカットは道を入れておこう、このカットは外しておこうって。大瀧さんが撮っている間にフィールドを見ておいて、道を入れてみたらどうかな、いや待てよ、外すとどうだろうと。これは両方撮っておいて、あとで選べばいいんだねみたいな。
大瀧さんの撮影を見守る河野さん
大瀧さんの撮影を見守る河野さん。このときはすでに周囲の状況を把握し、作品を撮る構想を組み立てていた……はず
「あぜ道」とユリーカさんのイメージを重ねたとき、「理由があって田舎に帰ってきた人みたい」という感じを抱いてこのシーンを撮影したといいます。構成上は、あぜ道を真ん中に入れて撮ると間延びするため、入れたり外したりしているそうです。でも、どれを選ぶかは「見せ方次第」とのこと。

つまりは、あぜ道の有無で写真を見る人の心象が変わるから、それを汲もうね、ということです。そして5点の写真は距離感も変え、ワンシーンで異なる心象を受ける複数の作品を作ってくれていました。

もちろん、撮影の最中はそんな仕掛けをしていたなどとは露ほども知らず。てっきり、枝があるから撮っているものと思ってました。

でも、河野さん的には「あぜ道」こそ重要な要素で、それを活かすべく+αの何かを探し、枝に行きついたのだと。
ユリーカ:私も、枝があるからだと思ってました。だから枝を持ってみましたし。でも、撮影中カメラがすっごく枝に当たっていて、思わず笑いそうになった。
撮られる側のユリーカさんと情報を共有せずに撮っていたということは、やはりプリントのときに種明かしをしようと画策していたに違いありません。

こんな感じで、河野さんはちょいちょい仕掛けや伏線を張り、楽しませてくれます。だからこそモデルとも良好な関係を保ち、よい表情が引き出せるのでしょう。

06取材後記

今回の取材は、前半、後半ともに盛りだくさんの内容です。記事にした内容以外にも、河野さんはいろいろなことを語り、撮影ポイントを案内してくれました。

でも、河野さんが一貫してこだわっていたのは「モデルとの関係」です。撮影後も互いに笑っていられる間柄でありたい、といいます。

モデルとよい関係を築くには、やはり「馴染むための時間」が必要です。

そして、改めて実感したこと。それは、プリントの意義です。

「作品」としての役割りもありますが、写真を教える、教わる、楽しむ、そして思い出を共有する、というように、「コミュニケーションツール」としての役目がとても大きい。これに関しては、取材を重ねるごとに感じます。

事実、プリントを作ると会話がはずみますから。
  • (注)本媒体上の他者商標の帰属先は、商標についてをご確認ください。

今回の記事で使用したプリンターはこちら