01 今のカメラは信頼したほうがいい
今回、街スナップの舞台となったのは東京駅周辺。空はあいにくの曇天。集合時間の少し前には小雨がパラつく、スナップ写真を撮るにはよい状況とはいえなそうな天気です。参加者の小向さんも、「曇りの日ってどうやって撮ればよいのか」と不安を滲ませています。
熊切さんはというと、そんなことなど意に介さない様子。ダンディーな仕草、クールなトーンで「光と影を活かした画となると難しいかもしれないけど」などと答えます。
が、撮影開始早々、「お、ここいいな!」と。本当に、1分も歩かない距離です。突然の行動に皆がみな、「え、ここで撮るの?」と顔に疑問符を貼り付けたほどです。
つまるところ、熊切さん的には晴れだろうと曇りだろうと雨だろうと、街があれば写真は撮れる、ということなのかもしれません。
被写体を見付けると、周囲を観察して、いろいろなアングルで撮影を試みる。作品を撮るというよりは、小向さんに「撮り方」を見せている印象。撮影は始まったばかりで、まだまだウォーミングアップといったところ。
小向さんが手にするカメラは、普段お使いのリコー製の「GR」ではなく、ニコン製の「NIKON Z 6(以下Z 6)+単焦点レンズ」の組み合わせです。せっかくなので熊切さんと同じシステムで撮影を楽しんでもらいたいし、フルサイズ+単焦点レンズの魅力や、それらが生み出す「プリントのクオリティ」を実感してもらうという狙いもあります。
そんな経緯もあって、撮影前に熊切さんの「NIKON Z 6セミナー」が開催されました。
熊切: 単焦点で明るいレンズを使っているんで、ボケ味とか、ちょっと遊びたいんですよ。なので、おススメは絞り優先AEの「Aモード」かな。ホワイトバランスは「オート」でいいと思います。今のオートは信頼性があって、すごくきれいに効くので。
普段は「GR」をすべてオートに設定しているという小向さん。「Z 6」の操作に不安の様子でしたが、「ホワイトバランスもオート、ピクチャーコントロールもオート、色作り、画作りに関しては、オートでいいと思います」という熊切さんのアドバイスにホッとした様子。
熊切さんと一緒に「Z 6」を設定していきます。
熊切: ISO感度は「オート」を外して手動で設定します。今日は曇りだけど、レンズが明るいから、無駄に感度を上げて画質を落とさずに……、ISO200にしとこうかな。これでフードを付けて。
小向: フードは付けたほうがいいんですか?
熊切: そうだね。今日みたいに太陽がなければ、レンズに余計な光は入ってこないけれども。フードはバンパーの役割 もするから。車のバンパーと一緒で、ぶつけたときにレンズを守ってくれるんで、付けておいて損はないかなっていう感じですね。
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街スナップではカメラをどのように設定するべきか。デジイチやミラーレス一眼の初心者にも分かるように、熊切さんが詳しく解説。
まずは、「Aモード」で絞りの値を変えて、シーンに合わせて「ボケ具合」をコントロール。そして、色の濃さは「露出補正」で調整。この2つの操作を覚えたら、使い方講座は終了です。35mm、24mm、85mmの3本の単焦点レンズを付け替えながら、約2時間の撮影に向かいます。
そして、撮影が終わったら、現場での感動が失せる前にすぐにプリントを作ります。使うプリンターは、Epson Proselectionの最新鋭機「SC-PX1V」(以下、「PX1V」)。プリント用紙は、熊切さんが普段使っているという「フォトマット紙/顔料専用」の組み合わせです。
「PX1V」なら、優れた階調性と黒濃度の高さを活かしたシャープなプリント作品が作り出せる。熊切作品の魅力のひとつでもある陰りのある深い色彩の再現にも最適。
02 街は反射で面白くなる
今回のプリントは、単焦点レンズのもち味を「PX1V」でストレートに表現するため、RAW現像やレタッチなどを行わず、JPEGで撮影した写真をそのままプリントしました。
ちなみに、普段の熊切さんはRAW+JPEGで撮影し、必要に応じて調整を施しているそうです。
熊切: 最低限の追い込みはしますね 。ガッツリと加工をするってことはほとんどしないんですけど、暗室作業でできる、やるような行為ですよね。焼き込み、覆い焼き。あと、色の調整ですね。
出力したプリントの中から、熊切さんが最初に手にした作品が、合成写真と錯覚しそうな、反射した街を写したスナップです。
撮影が始まって早い段階で撮ったものですが、この写真には熊切さんの街スナップに対する考えがギュッと凝縮された、そんな一枚といえそうです。事実、この現場でのアドバイスが、このあとも随所で役立ってきますから。
NIKON Z 6/NIKKOR Z 35mm f/1.8 S/Aモード(F3.2、1/100秒)/露出補正:なし/ISO 200/WB:オート/用紙:フォトマット紙/顔料専用
熊切: 街は反射も面白いよね。反射させて面白くなるなら、みたいな感じで、中のディスプレイと一緒に外を見たりしますよね。たとえば、通行人のタイミングを合わせてみて、「街のひとがここにいますよ」みたいな。車が入っていても面白いしね。
撮影の現場となったビルのショーウィンドウ。35mmレンズなら、多少絞れば(F値を大きくする)中のディスプレイと反射した景色の両方に景色にピントが合わせられる。
同じシーンを見て、同じ場所で撮影していた小向さんでしたが、プリントを見ると戸惑い気味に、確認するように尋ねます。「これ、青いところが絵? 写真? 本物の風景じゃない?」
それくらいに、ディスプレイされた映像と街の反射が違和感なくつながっている、トリックアート的な作品になっていました。
熊切: ディスプレイの中に青いポスターがあって、右側が実像というか、反射の部分ですよね。うまくポスターの絵の角度と、街並みが揃うような位置を見付けて写す、というのも結構キモだったりします。中途半端に角度がズレているとグチャグチャになるけど、つながっている感じで構図を作れば、どこからどこまでが絵で、どこから実像なのか分からない、みたいな。そんな感じの写真を撮りました。
熊切さんは、街スナップでは「反射」を活かすとよいといいます。さらに、反射の中に街の景色、ひととか、自転車とか、車とか、そういったものを入れることで物語性が出て、見るひとを引き付ける要素になるのだと教えてくれました。
そしてこの写真、実はもうひとつ“仕掛け”があって、それが――
熊切: この新しいプリンター(PX1V)って、青の発色がいいっていう特徴があるんでね。ほんと、いい色。きれいに出てますね、色鮮やかに。
熊切さん自身も購入済みということもあり、「PX1V」の特徴はすべて把握済み。おのずと、作品の解説にも力がこもる。
熊切さんが解説する、街スナップで活かしたい「反射」についての動画を下に掲載します。記事制作の記録用として録画したものなので画面や音声が安定していない箇所もありますが、熊切さんの作画の意図と、現場のリアルな空気感は伝わると思います。
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熊切さんが提唱する「反射」の面白さ。ガラスに写り込む景色をどう切り取るのか、アイデアとポイントを解説。
03 何気ないものに気付く視点
熊切さんの説く、「街スナップは反射を活かす」という考えが分かりやすい作品があります。オフィス街での1カットです。
取材中、熊切さん以外は誰もこのシーンに気付かなかったし、おそらく、「スナップを撮るぞ!」と気合を入れてこの場所を訪れたとしても見逃してしまう、そんな場所で写したものです。
NIKON Z 6/NIKKOR Z 35mm f/1.8 S/Aモード(F1.8、1/6400秒)/露出補正:-2.0/ISO 100/WB:オート/用紙:フォトマット紙/顔料専用
熊切さんが撮影した瞬間を誰も見ていません。それくらいに素早く、一瞬を写していたということです。そして撮ってから、「こんな写真が撮れた」と見せてくれたのがこの作品です。
そのプリントを手に、どうやってそのシーンに目を付けたのかを解説してくれました。
熊切: 地面にほんのわずかな隙間というかね、反射があって。木の映り込みがきれいだなって見ていて。そしたら、「あれ? みんなまたいでいくよな」って。その隙間を、“ピョン”というわけじゃないけど、ひとが渡ってく。その瞬間を写したもの。この細いところに(景色が反射して)写ると、ちょっとドラマになるでしょ。
作品を撮影した現場。熊切さんに教えられ、行き交う人を観察していると、確かにまたいで通るひとが多い。
熊切: 本当にわずかなところ(反射面)に情報が入っていて。その隙間を垣間見るように、向こうに空がある。この写真に空は写ってないですけども、ここ(反射)に空を感じてもらう、みたいな不思議な世界というかね。割れ目から向こうになにか世界があるんじゃないか、みたいに感じてもらえるかなと思ってます。そしてね、ここのガラスのところがちょっと青いんだよね。だから、(本当は曇天なのに)青空っぽく見える。この微妙な青も、見た目よりちゃんと出てるかな。
知りたいのは、この写真は連写した一枚なのか、ワンショットで撮ったのか。それは小向さんも同じようで、撮影の現場で真っ先に尋ねていました。
熊切: 連写機能は使っていません。実はシャッターチャンスなんて、ほんと、ワンチャンスしかないんで、狙って撮ったほうが撮り逃がさない。やみくものバババババッて打っても、撮り逃がすことがある。
一瞬を捉えた作品を手に、「ほとんど連写しないんですよ。タイミングを計ってシャッターを切っていくという感じです」と語る。
04 35mmだから撮れる情報量の多さ
35mmレンズの画角は、熊切さんが好きな画角だといいます。「35mm一本勝負でもいい」と語るほど、熊切さんの作品には必須のレンズのようです。
熊切: 僕がいちばん使う焦点距離が、35mmなんですよ。ちょっと広角気味なんだけど、僕の場合は画面の中に情報量を多くしたいタイプで。だから、手前にピントを合わせても、後ろの広がりとかで情報量がいっぱいあって、いろんなものが写っている。なんていうのが、表現として好きなんですね。
NIKON Z 6/NIKKOR Z 35mm f/1.8 S/Aモード(F1.8、1/600秒)/露出補正:-2.0/ISO 100/WB:オート
単焦点レンズというと、ズームレンズでは得られない明るさやボケを求めて「大口径(F値が小さい=大きくぼける)」レンズを選びたくなりますが、熊切さんはそうではない様子。事実、今回の撮影でも「F1.8」のレンズをチョイスしています。
熊切: こういうスナップ撮影でF1.4は必要ないですね。ボケ味も、F1.8位のほうが僕はちょうどいい感じだし。完全に開放で撮るときっていうのは限られていて、やっぱり、ちょっと絞って撮ってたりすることが多いので。F1.8あれば十分です。
そんな「得意な35mmレンズ」で撮影した本日のベストショットが、工事現場の写真になります。
撮影に要した時間は、おそらく30秒もありません。現場の横を通り過ぎて、考え直すように戻ってからシャッターを切った、というカットです。
本当に、日常の何気ないワンシーンでしかないのですが、出てきたプリントを見て、熊切さんの狙いに納得しました。
写っている作業員の方々がなにを覗いているのか、とても気になって仕方がありません。
NIKON Z 6/NIKKOR Z 35mm f/1.8 S/Aモード(F1.8、1/5000秒)/露出補正:-0.3/ISO 200/WB:オート/用紙:フォトマット紙/顔料専用
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熊切さんがベストショットを撮影したシーン。普通なら通り過ぎてしまうところだが……
熊切: これ、日常の中で見過ごしてしまうようなシーンかなと思うんですよ。「なにが面白いんじゃい」ってひともいると思うんですけども、面白いですよね。こういうワンシーン、好きなんですよ。みんな穴の中をぐ~っと覗き込んでいて、「なにを見てるんでしょう?」って感じの中で、工具とかの色鮮やかさっていうのが、よく出てる。
今回のベストショットということで、A3ノビサイズの「フォトマット紙/顔料専用」でもプリントを作成。「単焦点レンズのキレ+PX1Vの解像感」は、大きなプリントになるほど威力を発揮。工具の些細な傷まで見えそうな高精細な描写に、思わず笑みが浮かぶ。
熊切: プリントも本当にきれい。マット紙でも、しっかり発色してくれてる感じで。あの現場のビビッドさというか、そこらへんが出ているかなと思います。なんか、いろんな色があって、謎の動きがあって、ここらへんにはちょっとこう、長靴が脱ぎ捨てられているのがね。
小向: そこもまた、面白いところですよね。
熊切: 工具も、本当に様々な工具があって。工事現場好きにはたまらない。35mmのレンズで引いて撮ったときの情報量の多さ。たくさんいろんなものがあって、いろんな色があって。こういう情報量が多い感じ、隅々までいろんなものが写っているっていうのが好きなんです。歩きながら、「お、いいね」って立ち止まって。撮りたくなる瞬間でしたね。
熊切さんお気に入りの工事現場。よくある光景でも、熊切さんは的確に「見るひとを魅了する要素」を写し込んでいく。
工事現場の写真(覗き込む作業員達)もそうですが、熊切さんが立ち止まり、カメラを向けるまで、なにに着目しているのかまったく分かりません。カメラを向けた先を見ても、なにを撮っているのか分からないほどです。
トラックを撮っているように見えて、ウインドウ越しの情景を撮影しているシーン。こんな感じで、熊切さんの街スナップ撮影は進んでいく。
今回の記事はここまでですが、次回の「24mm、85mmレンズ編」では、そんな熊切さんの被写体の見つけ方や、シャッターを切るタイミングに関しても紹介したいと思います。
(「24mm、85mmレンズ編」に続く)
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