01今回の撮影地:山梨県甲州市勝沼周辺
事前に茂手木さんから、「星景夜景は晴れないと撮れないですよ」と念を押されていたものの、なんともぱっとしない天気が続いていました。ロケに行ったはいいけれども、本当に星景夜景を撮れるのか心配になりはじめたころ、茂手木さんから「ロケ地は金曜日の夜から日曜日頃まで晴れますので、そこが星景夜景を撮るチャンスです」と連絡が来ました。「なぜそんなふうに断言できるのだろう?」と不思議な気持ちでいると、茂手木さんが普段使っているWebサービスの存在を教えてくれました。
Windyは10日先までの天気予報のほか、地図上で雨や風、雲の状況まで細かく参照できる天文ファン御用達のサービスとのことです。確かに、これなら土地勘のある場所で継続的に使用していれば、十分断言できるだけの情報を読み取れそうです。
02普通のカメラでもいいんですよ
私は、星の撮影は敷居の高いものと思い込んでいました。暗くてもきれいに写る高性能なカメラや、夜でも明るく写せる高価なレンズなど。場合によっては、天体望遠鏡にカメラをセットして撮影するような、高価な機材と深い知識が必要な世界、それが、星の写真を撮る世界なのだと。事実、当日の茂手木さんの装備も参加者の西田さんの装備も、ミラーレス一眼の上位モデルに位置付けられる機種を中心に構成されていました。
茂手木さんの当日の撮影機材。カメラはソニーの「α7R III」、レンズは、同「FE 16-35mm F2.8 GM」のズームレンズと、明るい単焦点の「Sonnar T* FE 55mm F1.8 ZA」を使用。そのほか、ソフトフォーカス効果で星を大きく写すための、ケンコー「ハーフプロソフトン(A)」フィルターと、覆い焼きを行うための黒いプラ段ボールも星景夜景の撮影では必要な機材。
α7R III:
https://www.sony.jp/ichigan/products/ILCE-7RM3/
西田さんの撮影機材。カメラはソニーの「α7 III」。本体を保護するシリコンカバーに、アルカスイスタイプのL型ブラケットを装備。夜に見ると明る過ぎる液晶画面には、下敷きを切って作った自作の「減光フィルター」を装着している。使用していたレンズは、タムロン「28-75mm F/2.8 Di III RXD」とトキナー「FíRIN 20mm F2 FE AF」の2本。
α7 III:
https://www.sony.jp/ichigan/products/ILCE-7M3/
でも、茂手木さんは違うといいます。三脚さえあれば、普通のカメラと普通のズームレンズでも撮れるのが、星の写真の中でも「星景写真」といわれるジャンルといいます。「星景写真」とは、星空と地表の景色の両方を写す写真のことです。
茂手木:星景写真は気負っても仕方がないんです。普通の写真とあまり変わらないから。高価な機材に踏み込んじゃうと気後れしちゃう。でもね、あまり機材に踏み込まないようにしましょうといっても、やっぱりそれなりのカメラやレンズがあると楽しい。それに、撮影機材以外にも、夜の手元が悪い中で動き回るので、照明なども必要になります。それと、現場で撮影の設定などで慌てないためにも、シミュレーションはとても大事。
茂手木さんの星景写真がユニークなのは、普通なら画面から排除するだろう電線やガードレール、街の灯りなどを積極的に取り入れていることです。茂手木さんは「星景夜景」と呼んでいますが、生活の息吹が感じられる写真、とでもいえばよいのでしょうか。
茂手木:撮影対象としての絶景には興味がないんです。星景写真っていうと、みんな絶景を撮ることばかりに集中しちゃうんだけど、それって“ひとの心”が写らないんです。絶景を見に行ったとしても、それは見て体験することの方が優先で、そこに至るプロセスや気持ちを写真にしたいと考えているんです。こういったところで、こんな体験をしたときに、星を見た。それが僕の撮る世界。たとえば、恋人と出かけたときに見上げた星空ってストーリーなら、どこから撮るのかって考えると、自分の目線だから車の運転席からになる。シートを倒して眺めているような、ちょっとロマンチックな感じで。
星景写真展「僕が眠るための夢」に出展された作品。車内から星を見上げるアングルを取ることとで、ストーリー性を付加している。
絶景の星空には興味がないと語る茂手木さん。事実、最初に車を止めた撮影ポイントは、道路わきの小さな駐車スペースです。雲も少なく眼下に街の夜景がきれいに見えますが、星がよく見える絶景のスポットかというと……。街の灯りがあるためか、星はあまりよく見えません。そんな場所で、撮影はスタートしました。
撮影をはじめると、茂手木さんはすぐに不思議な行動をします。レンズの前を、何かでユラユラと遮っているような。その様子を、撮影に同行した西田さんも不思議そうに眺めていました。
茂手木:ここだと街明かりが明るいので、『覆い焼き』をして夜景になる部分を暗く写してます。普通に写してから後で画像処理をしてもよいのですが、面倒だから。画像処理は得意だけど、だからこそ手数を減らしたい。
「覆い焼き」はレタッチソフトなどにも搭載されている機能ですが、本来は、銀塩フィルムからプリントを作るときに使われていた暗室テクニックのことです。印画紙に当たる光を紙や手で遮って感光を防ぐことで、暗く仕上げることができます。
茂手木さんは、撮影のときにレンズの前を黒い板(プラ段ボール)で覆って、明るく写る部分の光を遮っていました。絶妙に光を遮るための手の動きが大切なのだと説明していました。
黒いプラ段ボールを使い、レンズ前で明るい部分の光を遮って覆い焼きをする茂手木さん。プラ段ボールの前にあるのは、ソフトフォーカスの効果を得られるケンコーの「プロソフトンA」フィルター。星を滲ませ大きく写すために使っている
α7R III /Sonnar T* FE 55mm F1.8 ZA/55mm/マニュアル露出(F2.5、6秒)/ISO 800/RAW
茂手木さんは、デジタル画像の黎明期から画像処理の最先端で活動してきた、いわばデジタル写真界の生き字引です。にもかかわらず、アナログな手法を駆使して作品を作り出すという撮影するスタイルに驚かされました。「撮影でできることは手を抜かない」という茂手木さんのポリシーが感じられます。
03作品にはストーリー性が大事
茂手木さんが星景写真を撮り始めたのは、中学生のころから。当時は手動で星を追尾して撮影していたため、星空を見に行ったはずなのに、実際に見ていたのはガイドスコープ(星の位置を捉えるための小さな望遠鏡)で覗いていた1つの星だけだったといいます。その反省が、今の撮影スタイルに結びついていると教えてくれました。
茂手木:写真を撮るときには、ちゃんとモノを見るべき。写真っていうのは、その場所とか、自分のもっているイメージとか、そこの場所の雰囲気を取り込んで、自分が体験することです。それからすると、手動ガイドっていうのはいちばんやってはいけないこと。ひとつの星しか見ていないんですから。
場所やイメージや雰囲気を取り込むとは、いわば「世界観」を作るということ。そのためにはストーリー性があると作品にしやすいし、茂手木さん自身もそうやって作品を作り続けているそうです。そして、普通の星景写真に足りないのは、まさにストーリー性なのだと。
茂手木:僕の撮る写真は、自分の人生の中で、あったかもしれない、見上げたかもしれない星空なんです。単に景色を見て、感動したからとシャッターを切ることってほとんどあり得なくて。イメージやストーリーを考えてから、それに合ったところに撮りに行く。ストーリー性を出すためには人の気配というのはとても大切で、ひとの生活と近いところをシリーズとして撮ってきました。そして、今回提案している星景夜景というのは、もうちょっと引いた視点の作品です。自分が住んでいる街を見下ろしているという感覚。『銀河鉄道の夜』でカンパネルラが、ちょっと遠い丘から自分の街でお祭りをやっているところを見下ろすじゃない、そんな感じ。
今回案内された撮影地は、茂手木さんの“ストーリー”を感じられるところばかりです。街を見下ろす丘、無人だけど人の気配が感じられる山中、そして、生活に密着したような道路わき。昼間に訪れると“普通”の場所なのですが、星空と合わせた写真になることで「何かを感じる光景」になるから不思議です。
車が往来する道路わきでも作品は撮れます。作品にストーリー性を出すにはひとの気配や生活に近いところが適していて、茂手木さんは電線や車のライトなども積極的に取り入れているそうです
α7R III /FE 16-35mm F2.8 GM/28mm/マニュアル露出(F2.8、6秒)/ISO 800/RAW
写真を撮る、作品を作るにあたって、茂手木さんは撮影のテクニックよりも先にストーリー性を教えてくれました。茂手木さんの話を聞くと、星景夜景は面白そうと感じます。撮ってみたいと思いはじめます。茂手木さんは撮影の現場で、「こういうものを取り入れるといいんだよ」と、電線だとか、ガードレールだとか、ときには自動販売機だとか、そんな“邪魔者”を指さします。しかも、光を当てて、あえてその存在を目立たせるようなことも。
でも、写した写真を見せてもらうと、やっぱりそこには物語というか、頭の中で勝手に「こういうことなんだろうな」というストーリーが沸いてきます。
同行していた西田さんも、いつの間にか自分の撮影をやめて、茂手木さんの撮影に寄り添っていました。普段から星景写真を撮り回っている西田さんにとっても、茂手木さんの撮る写真は興味深いようです。
自分でも撮りたい。そう思うのですが、そこで考えます。シャッター速度とか、ISO感度とか、カメラの設定ってどうすればよいのかと。
04星がブレないシャッター速度は5秒程度
茂手木さんは、カメラをマニュアルモードにして撮影しています。撮影形式はRAW。JPEGは考えられないのだそうです。その理由に関しては、プリントのとき(後半)に理由を教えてくれるそうです。
茂手木:カメラはマニュアルモードで、シャッター速度は大体の場合が5秒。平均的に、星がどの方向でも止まって写るのが5秒程度なんです。それ以上長くなると流れてしまうので。北の空だともう少し長くてもよいのですが、広角で撮ると動きが速い東や西の空も含んでしまうから、たいていは5秒にセットしてます。
色合いなどを変更する仕上がり設定に関しては「オート」。現場で最善の設定を考えるのが面倒くさいし、RAWで撮れば後から変えられるので何でもよいのだそうです。とくにα7R III はダイナミックレンジが広く現像する際の表現の自由度が高くて好んで使っているとのこと。ISO感度は2500を選択していました。そして、最大の重要ポイントとなるのがピント合わせです。こればかりはカメラのAFに頼るのではなく、自分で調整しなければなりません。そのためのコツはというと。
茂手木:星をライブビューで拡大して、マニュアルフォーカスでピントを合わせます。大事なのは、星が締まって見えるところではなくて、色収差、フリンジの消えたところにセットすること。レンズには必ず色収差があって、過焦点になると星の周囲に赤色が、手前のときは緑色が生じるんです。ピントリングを左右に回してその両方を行き来して、色収差の一番少なくなったポイントが色収差上のジャストピントです。その瞬間、それまで見えていなかった暗い星も見えてきます。多くの場合、この方法で良いでしょう。
ライブビュー画面で拡大してピントを合わせる。暗い場所で、手探りでカメラのボタンを操作するのは難しいので、あらかじめライブビューを拡大する操作は覚えておきたい。また、星空など暗所での撮影時のフレーミング確認時に、αのブライトモニタリング機能というものがあることも覚えておきたい。これは、通常のライブビューでは暗くて構図を決められないシーンでもカメラ側でゲインアップして明るく画面に写しだすという機能になり重宝する。
茂手木さんは、撮影の段階でプリントに最適なデータになることを意識しているといいます。それは、「見えていたものが再現できるように撮影している」ということです。茂手木さんが実践しているファインアートの世界は、「見えているトーンをきちんと再現すること」が基本です。そのためには、シャドウをつぶさない、またはハイライトをとばさないという撮り方は重要になってきます。
茂手木:たとえば、月明りで山並みがうっすらと見えていたとするじゃないですか。その場合に大事なことって、僕がシャッターを押した理由、つまり、『そういう状況が見えたから』という部分なんですね。その見えたという事実をきちんと写真の中でも出す。そういうことをいちばんの主眼としています。なので、シャドウをつぶさない。意図的につぶすことはありますよ。ただ、基本はつぶさない。それは、自分が見えているから。見えたからこそ、シャッターを切りたくなったわけですから。
具体的には、一度の撮影で終わらせるのではなく、いちばんよい露出になるまで露出補正を繰り返して撮影するということ。ただし、複数の露出の写真を合成しているのではなくて、その中から「いちばんディテールが出せるデータ」を後から選ぶためです。
それと、星景写真や星景夜景の撮影をはじめたくなったひとへのアドバイスももらいました。どうすればよい写真を撮れるのかという部分です。
茂手木:なんと言っても星座を覚えることです。星座はギリシャ神話の時代からある、目立つ星の形をつないで作られたものです。すごく歴史があって、心理的に目立ちやすい星の並びが星座なわけですよ。空にはそういうものがあるんだから、それをひとつのポイントにして写すとまとめやすいわけです。
そうは言っても、星座やその位置を熟知している茂手木さんや西田さんと違って、満天の夜空を眺めてもどこにどんな星座があるか分かりません。そういえば、天体観測用の機材で、星座の位置を示した円盤状の「星座盤」というものがあったような気がするので聞いてみると、今はパソコンやPCでシミュレーションできる以下のようなアプリケーションを使うそうです。なるほどこれなら向いている方向の夜空とすぐ見較べられるので、とても便利そうです。
それと、撮影の現場で大事な情報をもうひとつ教えてくれました。それが、照明の選び方です。暗闇で撮影する際には明るい照明があると良さそうに思えますが、実は、明る過ぎると目がくらんでしまい逆効果になることもあるのだそうです。明るいとスポット的にその部分しか見えなくなるので、できれば薄暗く拡散するほうが周囲が見えやすい、とのことでした。
夜に行う星の撮影では、ヘッドライトなどの照明が必要。当日使っていたヘッドライトは、天体望遠鏡メーカー「ビクセン(Vixen)」の「天体観測用ライト SG-L01」。ライトの明るさや色をチューニングして、天体観測時に目がくらまないように配慮した製品とのこと。ほかにも、冬場なら手袋や帽子などはぜひとも用意しておきたいところです
茂手木さんと西田さんは黙々と撮影を続けていきます。星を撮影する写真家にとっては、星が見えているうちはずっと撮影を続けるのが当たり前のようですが、放っておくと明け方まで撮影が続きそうな雰囲気です。撮影したらプリントで仕上げるのがこの企画の趣旨なので、その日どうしても押さえておきたいというカットを撮影したら、ホテルに一旦引き上げたいと伝えました。さて、プリントすることで夜空と夜景をどんなふうに表現できるのでしょうか。(後半に続く)
星景撮影では、星座が想定する位置に来るまで他の条件が揃っても撮ることができません。地球も刻々と動いていますので、シャッターチャンスもそんなには長くはなく、撮影現場は冬の寒さとも相まってピンと張り詰めた緊張感が漂います
ラストカットを撮り終え、ようやく緊張の解けた二人。撮影談義に花が咲きます。現場は、市街地を見下ろせるくらいの高所のため、防寒具がないと手や耳に痛さを感じるほどの寒さでした
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