01今回の撮影地:成田国際空港
今回訪れたのは、日本の代表的な国際空港「成田国際空港」です。実際の取材は、周囲にある人気の撮影スポットで行いました。
■さくらの山
「空の駅 さくら館」に隣接する、飛行機の離発着を間近に見ることができる公園。A滑走路から離陸する飛行機を撮影しやすい人気のスポット
参考URL:
http://www.soranoekisakurakan.com/
■風和里しばやま
「空の駅 風和里(ふわり)しばやま」と「道の駅 風和里しばやま」があるが、今回のロケ地になったのは「空の駅」の周辺。A滑走路に着陸する飛行機を撮影しやすいポイント
参考URL:
https://sorafuwa.com/
02飛行機の写真は順光で写す
取材に先立つこと数日前、当日のスケジュールに関して中野さんとメールのやり取りがありました。撮影場所は成田国際空港の近辺と決まっていたので、午前中に屋外のロケ、午後は室内で作業風景の取材、と考えていたのですが。
でも、中野さんの歯切れが悪いというか、乗り気でないというか。「よい条件とはいえませんよ」とほのめかすようなメールの内容です。その理由を丁寧に教えていただきました。
中野:飛行機撮影では、光線状態が重要です。成田国際空港は滑走路がほぼ南北を向いているため、飛行機も同様に南北方向に離着陸します。飛行機は基本的に機体側面に光が当たっている状態で撮影するので、成田国際空港の場合ですと、午前中は滑走路の東側からから撮影するのが基本です。でも、ロケ地の『さくらの山』は滑走路の西側に位置しているので、ロケ時間の午前中は逆光になってしまいます。
「さくらの山」は、成田国際空港を離発着する飛行機の撮影スポットとして有名な公園です。だからこそ、「ここに行けばきれいな飛行機の写真を撮れる」と考えてロケ地にしたのですが、どうやら時間がよくないらしく。この場所で飛行機を写すなら、「順光になる午後がベスト」ということです。そして、中野さんのメールはこう結ばれていました。
中野:曇天だと光線状態は無視できますが、作品にならないので難しいところですね。飛行機写真は飛行機の動きと天候に左右にされる撮影ジャンルなのです。
「さくらの山」は初心者でも飛行機を撮影しやすいスポットのひとつ。間近を通過するので標準ズームレンズでも写しやすいし、望遠レンズがあれば迫力のある写真を撮れる
とにかく、「晴天」で「順光」になる場所から撮ることが飛行機の撮影では大切! 天気も空港周辺の順光になる場所も、ネットで調べれば分かります。つまり、この点を理解して撮影に出かければ、かっこいい飛行機の写真を撮れる確率が格段に高くなるというわけです。もちろん、取材日の屋外ロケ開始時間は、順光になる午後の1時スタートとなりました。
成田国際空港と今回のロケ地である「さくらの山」、および「風和里しばやま」の位置関係。どちらのロケ地も、飛行機を順光で撮影するには午後が適していることが分かる。今回は訪れてはいないが、「ひこうきの丘」は横から飛行機を狙える撮影ポイントだ
03風向きを知れば
撮りたい写真を撮れる
取材日は、11月上旬の快晴の休日。さくらの山は人気の観光地のため、午後の1時ともなると駐車場が満車になるほどの混雑ぶりです。そんな中で、中野さんの取材がはじまりました。読者代表として、飛行機の写真を撮影している木下栄さんも同行します。
スタイリッシュな印象の中野さんと、ダンディーな雰囲気の木下さんの肩には、巨大なレンズをセットしたカメラ。周囲を見渡すと、やはり超望遠レンズで飛行機を狙う写真家がたくさんいます。意外だったのは、若い女性を見かけること。中野さん曰く、(本格的に撮るなら)「500mmが標準レンズ」という高価な機材を必要とするジャンルですから、勝手なイメージとしてはお金持ちのおじさんが多いものと思っていました。
人混みを避けて撮影できるポイントに移動しながら、中野さんが飛行機撮影のコツを教えてくれました。
カメラ2台体制で撮影に臨む中野さん(左)。さくらの山では500mmレンズをメインに、70-200mmと使い分ける。木下さん(右)は200-500mmの超望遠ズームレンズで撮影。重量級の機材にもかかわらず、二人とも手持ちの撮影だ
中野:風向きも大切です。飛行機は風上に向かって離着陸します。成田国際空港では北風運用時は北向きに、南風運用時は南向きに離着陸します。今日は晴天で北風なので、さくらの山からだと離陸機を撮影することになります。ただし、小型の機体だと離陸時に滑走路の半分くらいで機体が浮くため、撮影には望遠レンズがほしいですね。さくらの山に近付く頃には飛行機の高度が上がってしまい、機体の下部しか撮れませんから。
その言葉どおり、中野さんは500mmの単焦点レンズ、木下さんは200-500mmの超望遠ズームレンズを使用しています。中野さんはさらにもう一台カメラを肩から提げていて、そちらには70-200mmのズームレンズがセットされていました。
二人とも、申し合わせたようにサングラスを掛け、無線機を所持しています。飛行場の周囲は見晴らしがよくて眩しいため、サングラスはあったほうがよいとのこと。手にしている無線機では、管制官とパイロットとのやり取りを聞いたり、天候や風向きなどを確認したりしています。無線はイヤホンで聞くことが撮影スポットでのマナーなのだとも教えてくれました。
航空無線(エアバンド)に関しては、国土交通省のWebサイトに情報がまとめられているので、目を通してみると面白いかもしれません。
参考URL:
https://www.mlit.go.jp/koku/koku_fr14_000019.html
中野さんが離陸機や着陸機の情報を集めていた無線機(エアバンドレシーバー)。管制官とパイロットの交信は誰でも聞くことができるため、狙った飛行機があるときは無線の情報を元に着陸する滑走路を調べ、撮影に臨むという
中野さんのレンズを見て木下さんが何かに気づき、質問をしていました。500mmの単焦点レンズなど普段は目にしない上、中野さんはレンズをカモフラージュしているため、取材陣はまったく気づきませんでしたが。中野さんの撮影スタイルが垣間見れるやり取りです。
木下:中野先生のレンズ、フードが付いていないみたいですが。重いからですか?
中野:これくらい大きなレンズだと、風を受けてしまうのとバランスが前に行くので、それで外してるんです。まあ、邪魔だし。順光でしか撮影しない(レンズに直接太陽光が入ることがない)ので、フード自体が要らないんです。
中野さんの500mmレンズはフードが装着されていない状態。順光という条件の下、風やバランスを考慮して外しているという
中野:これから飛行機を撮ってみようと思っている人もいることと思いますが、飛行機の写真で格好がいいのは離陸する瞬間です。前脚が浮いた状態がいい。でも、それを撮影するには『離陸する方向』にいないとダメ。それをどうやって知るかというと、風向きです。先にも説明しましたが、飛行機は風に向かって離着陸するので、風向きを知れば離陸する方向が分かる。つまり、撮りたい写真を撮れるということです。もちろん、そのためには望遠レンズが必要だったり、ベストな撮影場所を探したりなどの問題もありますが、そもそも、飛行機が飛ぶ向きを知らなければ撮れない写真ですから。
D850/AF-S NIKKOR 500mm f/4E FL ED VR/500mm/マニュアル露出(F8、1/1,000)/ISO100/WB:晴天
04青空をバックにすると
見映えがよくなる
撮影が途切れファインダーから目を離した中野さんが語り始めます。
中野:今日は雲が結構あるので、飛行機の背景が白い雲にならないように注意して、青空バックで撮るときれいに写せます。こんなふうに、雲のエッジを使うと見映えがよくなります。積雲といってコントラストが強い雲ですから、雲に奥行きが出て画になりやすい。これが曇りだと、画にならないですね。
D850/AF-S NIKKOR 500mm f/4E FL ED VR/500mm/マニュアル露出(F8、1/1,000秒)/ISO 100/WB:晴天
撮影しながら、飛行機写真を上手く写すポイントを次々と解説してくれます。ときには眼前の景色を指さしながら、ときにはカメラの液晶画面で写真を再生して。木下さんも食い入るように中野さんの写真を眺め、言葉に耳を傾けていました。普段から飛行機の写真を撮り回っている木下さんにとっても、中野さんの話は新鮮で実践したくなるとのこと。
中野さんの撮影を見て意外だったのは、連写をしない点です。てっきり、連写した中からよいカットを選んでいるものと思っていたのですが。これに関しては、木下さんも気になっていたようです。
中野:連写はしません。たいていは1枚か2枚。今は2カット撮ってます。撮りたい構図が決まっているので、そこに飛行機が収まったらシャッターを押すだけです。マニュアル露出で撮っていて、露出の補正も行いません。今日だったら、絞りはF8でシャッター速度は1/1,000秒、WBは太陽光で固定です。逆に、この露出に合わない写真は条件がよくないんですよ。機体に光が当たっていないことになるので。試しに、比較してみましょう。
この日の中野さんの撮影設定は、「F8、1/1,000秒、ISO100、太陽光」で固定。この露出できれいに写らないときは条件が悪いという
太陽が雲に隠れたタイミングで中野さんがシャッターを切りました。肉眼では青空をバックに飛行機が飛んでいてきれいに見えるのですが、中野さんによるとダメな写真なのだそうです。その違いをプリントで比較していただいたので、後編で紹介します。
雲と太陽の関係でもうひとつ中野さんが教えてくれたこと、それが「雲の多い日は太陽を確認してから撮る」ということです。太陽が雲に隠れる間際だと、撮影中に飛行機に光が当たらなくなる可能性があるためです。とにかく、「飛行機は順光で写すと美しい」を忘れずに撮る。それが、上手い飛行機写真の秘訣でもあるのです。
あらかじめ構図を決め、そこに飛行機が来たらシャッターを切る。そのため連写する必要がなく、ファインダーを覗いて飛行機を追い続けることもない。スッとカメラを構え、一瞬で撮影を終えてしまう
05影が長いときは
よい写真を撮れるチャンス!
飛行機に光が当たっているときれいな写真が撮れるというのは、中野さんが何度も繰り返している撮影の秘訣です。そして、その状態がもっともよくなるのが、太陽の位置が低い朝と夕方の時間帯。光がよい条件にあるかどうかの見極めとしては、影を見ることだと教えてくれました。
中野:基本的には、太陽高度が45度よりも浅いと飛行機の横に光が当たるんです。それを知る簡単な方法が、自分の影を見ること。影の長さが身長よりも長ければ太陽高度は45度よりも低いですから、撮影のチャンスです。今は午後2時少し前。これからどんどん条件がよくなります。
影が身長よりも長く見えたら太陽高度が45度よりも低い証拠。飛行機の側面に光が当たる絶好の光線状態だ
今回は取材ということもあり日中の撮影に臨んでいましたが、中野さんの普段の撮影時間帯は日の出から3~4時間、日没前の3~4時間のようです。太陽高度の高い日中は昼寝をして待つのだそう。とはいうものの、日中でも「順光」+「青空バック」+「雲を活かす」のように、上手く撮影する手段はあります。作品性を高めるなら朝か夕方、でも、昼間だってきれいな写真は撮れる、ということです。事実、「普段は寝て待つ時間」という日中にもかかわらず、中野さんは見応えのある写真をバシバシ撮っていましたし。
「移動します」という中野さんの声で、さくらの山での撮影は終了です。続きは、滑走路の反対側にある「風和里しばやま」の周辺で行います。その理由を中野さんに訊ねると。
中野:成田空港にはAとBの2本の滑走路があって、さくらの山から写せるのはA滑走路。こちらは基本的に離陸優先で、B滑走路は着陸優先です。ただし、大型機のA380とか、アメリカ系の着陸機はA滑走路を使うことが多くて、午後の2時頃からそういうラッシュがはじまるんです。それ(A380)を撮りに行きます。
エアバスA380は世界最大の超大型旅客機です。午前中にさくらの山でロケハンをしていたのですが、そのときも1機離陸していきました。桁違いに大きな機体が頭上に迫ると、周囲からはどよめきが起こり、みんながカメラを向けた大人気の飛行機です。巨体がゆっくりと上昇していく姿はとても優雅で、なかなか小さくならない不思議な光景でした。そんな飛行機がこれから2機、降りてくるらしいのです。
撮影ポイントを移動すると、中野さんの頭にはすでに撮りたい画があるのでしょう。迷わずに立ち位置を決め、ファインダーを覗いて構図を確認しています。
撮影する場所を決めたら、あとは飛行機が構図の中に入るのを待つだけ。着陸する飛行機はほぼ同じ位置を通過するので、離陸する飛行機よりも構図が決めやすいという
木下さんも自らのポイントを決め、じっくりと撮影に臨みます。二人とも撮影に集中しているため、声をかけづらい緊迫した時間が流れましたが、A380が通過するとそれもひと段落。
周囲にも撮影している方が多数いらっしゃったのですが、各々に帰っていきます。やはり、A380は飛行機写真を撮る人には人気の機体のようです。
ロケに費やした時間は3時間。その間、重量級の機材を手持ちで撮影し続ける中野(右)さんと木下(左)さんの集中力に驚くばかり
光の状態がすごくよいということで、中野さんの撮影は続きます。そして、もう1機のA380が下りてきたら、本日の撮影は終了。中野さんが、撮影したA380を見せてくれました。「ウミガメ模様だったの気付いた?」と訊かれたのですが、状況を撮ることで頭がいっぱいで気づきませんでした。ちなみに、ウミガメの色は3色あるそうです。
D850/AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR/24mm/マニュアル露出(F6.7、1/1,000秒)/ISO100/WB:晴天
D5/AF-S NIKKOR 500mm f/4E FL ED VR/500mm/マニュアル露出(F8、1/1,000秒)/ISO100/WB:晴天
一仕事終えた雰囲気で団らんがはじまりましたが、取材はまだ半分の折り返し地点。撮ったらその感動を忘れないうちにプリント。これがこの取材の流れです。中野さんは「印刷やプリントを常に意識して撮影している」と語っていたので、それがどのように反映されるのかとても楽しみ。というわけで、後半に続きます。
中野さんの写真に興味津々の木下さん。撮影の設定や構図の決め方など、自身のスタイルと比較しながら質問を繰り広げる