01今回の撮影地:千葉県香取市佐原周辺
北総の小江戸、水郷さわら。JR成田線の佐原駅をスタートし、小野川沿いに樋橋(ジャージャー橋)まで町並みをスナップ。佐原は歴史的建造物が数多く残された地域で、ボランティアによる案内も充実し、町の歴史を聞くことができる。フォトジェニックな町の様子は、昼だけでなく夜も美しい。
■水郷佐原観光協会
参考URL:
https://www.suigo-sawara.ne.jp/
02初見の地だから感動できる
この企画としては珍しく、今回の撮影地は写真家の清水さんを交えた打ち合わせで決まりました。これまでの3回はすべて、メールでのやり取りだったのですが。
テーマは「旅先のスナップ」。候補に挙がった地は、江ノ電や鎌倉、横須賀、三崎、川越、栃木、銚子などなど。最終的に清水さんが選んだのは「水郷さわら(千葉県香取市佐原周辺)」で、その理由がなんともユニークです。
清水:佐原は行ったことないんですよ。ほかの場所はどこも行ったことがあって、面白くないじゃないですか。佐原ならほら、僕も(取材スタッフも)はじめてだし、みんな同じ条件で臨めますし。はじめての場所がいいんですよ。ワクワクや感動がある。何度も行っている「俺の庭」みたいなところだと、それがありませんよね。感動がないと、いい写真は撮れない。
勝手知ったる場所を案内するのではなく、初見で参加者を引き連れて撮影に臨むという清水さん。大丈夫だろうかと不安になりましたが、実は、取材日前日の夜から佐原の街を歩き回り、撮影していたという……。
下見をするという目的もあったようですが、それ以上に「ワクワクが抑えきれず」に写真を撮りに出たという印象。事実、取材日の朝に集合したときも、「早朝の散歩で写真を撮ってきた」と喜び報告するほどですから。
OM-D E-M5 Mark III/M.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PRO/Aモード(F1.4、1/6秒)/露出補正 -0.7/ISO 640/WB:晴天
朝の9時30分。参加者の前山さんも合流して撮影開始……なのですが。いつもならここで、写真家からの簡単なレクチャーがあります。撮影地の特徴や撮影スポットの情報、「こうやって撮るといいよ」みたいな提案が。でも、今回はそれがなく。清水さん曰く、
清水:初見だからこそ、まずは自由に撮ったほうがいいじゃないですか。課題みたいになっちゃうと、撮り漏らしがあると思うんです。撮り漏らしというか、見落としが。せっかく新しい場所なのに、「こう撮ろう」と決めてかかってしまうとそれしか撮れなくなる。それはすごくもったいない。だから、自由に散策しながら撮影して、気になるポイントがあったらもう一度撮るというスタイルで行きます。
「こう撮りましょう」と提案はせず、まずは自由な撮影を促すのが清水さんのスタイル。前山さんもスナップ撮影に慣れているため、撮り方などのレクチャーはなし。観光マップを見て大まかな場所を頭に入れ、ノープランのまま撮影はスタート
03カメラを駆使して
“撮って出し”の作品を作る
清水さんのカメラは、オリンパスのOM-D E-M5 Mark III。レンズは17mmのF1.2をつけています。「レンズは1本だけ?」の質問に、「撮影中はあまりガチャガチャ変えないですね」と答えてくれました。ほかにも、12mm、25mmの単焦点レンズがバッグに入っています。
清水:僕はパソコンがあまり好きじゃない。撮ってすぐにプリントしたいタイプなので、撮影の段階で作品として仕上げるようにしています。今回はレトロな町並みということもあり、「アートフィルター」の「ネオノスタルジー」の掛け撮りですね。
OM-D E-M5 Mark III/M.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PRO/Aモード(F5.6、1/1250秒)/露出補正:-1.0/ISO 200/WB:オート/アートフィルター:ネオノスタルジー
「アートフィルター」とは、オリンパスのカメラに搭載された機能のひとつで、トイカメラ風やミニチュア風などのように写真を加工して写す機能のこと。「作品を撮る」というと、この手の機能はなんとなく不要に思えますが、「雰囲気が合えばそれでいい」というのが清水さんの考え方です。今回の取材においては、ほぼすべての写真を「アートフィルター」の「ネオノスタルジー」で、しかもJPEGで写しています。
清水さんの撮影機材。カメラはオリンパス「OM-D E-M5 Mark III」。レンズは同「M.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PRO」、「M.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0」、「M.ZUIKO DIGITAL 25mm F1.8」の3本。マイクロフォーサーズ+明るい単焦点レンズという「軽いシステム」が気に入っているという
OM-D E-M5 Mark III:
https://www.olympus-imaging.jp/product/dslr/em5mk3/
今回の取材でもっとも印象に残った出来事は、撮影開始直後に訪れました。清水さんも前山さんも、朝イチで撮影したファーストショットに近い写真です。
ふたりは街灯とその下にある半透明のオブジェを狙っているのですが、清水さんは17mmのレンズ、前山さんは25mmのレンズで撮っています。焦点距離が異なるはずなのに、写した写真はほぼ同じ。後半の「プリント編」で詳しく紹介しますが、「このとき写したカットがなければ、今回は作品が撮れなかった」といわしめるほど、清水さんにとって重要な写真になったようです。
今回の撮影行でカギとなったシーン。このとき写した写真は清水さん的に納得がいかなかったらしく、のちに撮り直しに向かうことになる
清水さんにカメラの設定を見せてもらうと、撮影モードは絞り優先の「Aモード」を基本として、動きもののときはシャッター速度優先の「Sモード」にセットしていました。仕上がり設定は「ナチュラル」。そして前述のとおり、「アートフィルター」は「ネオノスタルジー」にセットしたまま。ハイコントラストで色濃くなる効果を見越して、露出の補正や光の向きを考えているとのことです。
「Aモード」と「Sモード」をシーンに合わせて使い分ける。基本は「Aモード」で、絞り値は開放付近で撮影することが多いという。今回の撮影では、アートフィルターに枠をつけて写すスタイル
04人の気配も取り入れて
清水さんの撮影スタイルは、本当に「普通」です。テクニックを駆使している様子も、特異な構図やアングルで被写体を狙う様子もほとんどありません。にもかかわらず、写された写真は洗練されていて、「どこで撮ったの?」と思えるものばかり。これには、同行の前山さんも「一緒にいるはずなのにぜんぜん違う写真」と不思議がっていました。
OM-D E-M5 Mark III/M.ZUIKO DIGITAL 25mm F1.8/Aモード(F2.2、1/6400秒)/露出補正:なし/ISO 200/WB:オート/アートフィルター:ネオノスタルジー
清水:写すべき被写体は「自分が反応する」かどうかなんです。それは色の場合もあるし、形の場合もある。動きものや、そのとき、その場所でしか出会えないようなもの、そんなものを探して歩いているんです。
確かに清水さんを見ていると、きれいな景色やレトロの建物ではなく、本当に些細なものに反応しています。軒先の鉢植えだったり、壁に貼られたタイルだったり、柳の枝の隙間だったり、裏路地だったり。「当たり前な写真は、ほかの誰かに任せておけばいい」と語るとおり、いわゆるパンフレットに掲載されるきれいな観光スナップというよりは、生活に密着したような写真です。
独自の視点で「佐原だから撮れる何か」を探す。心が反応するシーンを見つけては観察を繰り返し、気に入ったスポットでシャッターを切る。ときにはトイカプセルの販売機を見つけ、「これ低すぎでしょ。子供だって低いよ」と喜ぶことも
通行人を避けるかどうかは、スナップ写真にとって大切な要素です。そのアドバイスが出たのは、樋橋(通称、ジャージャー橋)を撮影しているときでした。ジャージャー橋は、伊能忠敬記念館の前にある、乗船場に隣接した木製の個性的な橋です。橋の両側から滝のように水が流れ落ちるシーンがとてもフォトジェニック。
前山さんが写したジャージャー橋の写真を見て、「町並みを撮るのはあまり得意ではない」という前山さんに助け舟を出します。
清水:ひとが写らないように待って撮影していたけど、この橋は“橋っぽくない”から、それだと分かりにくい。水も流れてるし。だから、ひとの足を少し入れて、「ここはひとが通る」ということを明確にしたほうが、「橋」という被写体だと分かりやすくなる。
前山:そうか。ひとが入っても、顔が写らなければ大丈夫。
清水:橋の上にひとの気配があると、そういうことを意識しながら撮っているということが伝わる写真になるから。赤とか黄色のスニーカーがいいなって考えていると、来たりする。そういうイメージさえできちゃえば、あとは“決め打ち”になるので、そのタイミングになったらシャッターを切ればいい。もし今回がダメでも、今の考え方は次の撮影に活かせるし。
前山:構図とか余計なものが入らないようにとか、そういうことばかり考えちゃって……。撮ることでいっぱいいっぱいだと、なかなか頭が回らないですよね。でも、そういうことを知っておくと、撮るときの意識の仕方が変わってくると思います。
清水:そうなんですよ。スナップは、ひとがいっぱいいて邪魔だなと思うか、取り入れようと思うかで写真が違ってくる。みんな人がいなくなるのを待って撮るじゃないですか。むしろ「ひとがいるほうが稀」と考えたほうが、それを活かそうと思えるようになる。ないものねだりしても仕方がないので、あるものを活かす。それが、現場で撮っていく方法です。まあ、考え過ぎず、自然にね。
ジャージャー橋を狙う前山さん。人通りが途切れるタイミングを狙って撮影するも……
05コミュニケーションが
写真に深みを出す
撮影中、清水さんは頻繁に地元の方々と話をします。長いときには5分以上も。思えば、これこそが清水さんの取材力、旅先スナップを撮る力、なのかもしれません。
清水さんのスナップ写真は、何気ない会話からはじまっていました。犬の散歩をしているおばあさんとの挨拶だったり、掃除をしているおばさんとの世間話だったり、町の案内人のおじさんとのやり取りだったり。
印象深かったのは、とある歴史的な旅館(木の下旅館。今は食事処)を前にしたときです。二階の窓が開け放たれていて、清水さんはその様子をじっと眺めています。はた目にも、「ああ、中を見たいんだなぁ」と分かるほど。
足を止め、建物に見入る清水さん。カメラを向ける様子もなく、何かを待つように観察を続ける
中から店の方が出てくると、撮影の許可をもらうのかと思っていたら……。「すごい、いい旅館。ここは泊まれるんですか? 今日は晴れてよかったですね。建物に風を通さないと」と声をかけます。
つられて店員さんも足を止め、世間話がはじまりました。今はもう泊まれないとか、文化財なので役所の許可がないと直せないとか、食事処として営業しているとか、とんかつやカキフライがおいしいとか。
さらには、店員さんの子供のころの話しまで飛び出す始末。なんでも、小学生の頃(60年くらい昔?)、骨を折ったら目の前の船着場から船に乗って、利根川を経由して潮来にある病院まで一日がかりで通院したとのこと。
そんな話を繰り広げているうちに、「よかったら、中を見ていって」と促してくれました。「二階に上がってもらっていいですよ」とまで。
こんな感じで、中を見せていただいたり、情報を教えていただいたり、撮影の許可をいただいたりと、難なくこなしていきます。スナップを撮っていると、「写真を撮らせてください」「ダメです」という流れが多いのですが、取材の間、清水さんがあからさまに断られたシーンを見ることはありませんでした。
清水さんは、気になる人物がいるととにかく声をかける。本人曰く「拒否するひとはなんとなく分かるので避けている」というけれど、それでもかなりのひとと話をし、時間を割く
この日、清水さんのテンションがもっとも上がったのが、「金平湯」という現役で営業している銭湯を見学させてもらったときです。120年近く営業を続けているというその銭湯は、「素敵! 素敵! ここも素敵!」と連呼しまくるほど。営業前ということもあり、男湯、女湯の両方をせわしなく行き来します。
清水:これ、被写体に撮らされちゃうパターンだよね。どこを撮っても映える。もう、ここ大好き! マッサージマシン、すげえ! これ、頭乾かすやつ? この絵はどなたが描いたものなんですか? 丸山さん? 銭湯絵師の? あ、その回しているところ、撮ってもいいですか?
ここでも、もち前のコミュニケーション力を発揮します。お店の方の準備風景の撮影許可を、雑談の中から引き出していました。お店の方も清水さんの声に、にっこりと笑って答えます。
本日、1、2を争う成果の写真が撮れた瞬間でした。
OM-D E-M5 Mark III/M.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0/Aモード(F2.0、1/60秒)/露出補正:-0.3/ISO 250/WB:オート/アートフィルター:ネオノスタルジー
清水さんも前山さんも、時間いっぱいまで金平湯での撮影を堪能していました。壁のペンキ絵もそうですが、建具や備品など、すべてが映画のセットのよう。清水さんが「被写体に撮らされる」と声を漏らすのもうなずけます。
OM-D E-M5 Mark III/M.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PRO/Aモード(F1.2、1/80秒)/露出補正:-0.3/ISO 250/WB:オート/アートフィルター:ネオノスタルジー
そして、ここ金平湯でサイトのトップに掲載する写真を撮影させていただき、締めのコーヒー牛乳を飲み、撮影を切り上げてプリント作業へと向かいます。「アートフィルター」を使って写した個性の強い写真がどのようなプリントになるのか、とても楽しみです。(後半に続く)
撮影もひと段落したためか、「風呂に入りたい」と主張する清水さん。でも、まだ取材は半分が終わった段階。コーヒー牛乳で一息ついて、次なる作業に向け意欲を充填してもらう