01 目に飛び込む美しさがある
まずは、吉村さんが使用するプリンターを紹介します。Epson Proselectionシリーズの「SC-PX1V」(以下、「PX1V」)です。「ディープブルーインク」を搭載し、ブルー領域の再現性や階調感がとても高く、吉村さんが得意とするブルーモーメントの作品をプリントするには最適な機種といえます。
とはいうものの、ブルーはプリンターが苦手とする色。精彩なブルーに見慣れている吉村さんの目に「PX1V」のプリントはどのように映るのか、気になります。
「PX1V」は、特徴的な「ディープブルー」に、「フォト」と「マット」の異なる2種類のブラックを搭載した顔料9色インク搭載機。プリンターカバーを空けると、本体の全面にズラリとならんだ10個のインクカートリッジが露出する
吉村: 作品が出力されたとき、パッと目に飛び込んでくる美しさがありました。その美しさというのが、自然な感じなんです。デジタルっぽい感じではなくて。すごくよく色彩が計算された美しさ。だから、お、いいなって思ったんですよ。それはつまり、仕事や作品作りに使えるということです。
PENTAX 645Z/smc PENTAX-D FA645 25mmF4AL[IF] SDM AW/Avモード(F5.6、1.3秒)/露出補正:+1.3/ISO 400/WB:オート/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
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独特の鮮やかさもすごいが、Wi-Fi® の安定性も高くて重いデータのやり取りも安心。
「PX1V」はA3ノビ対応機ですが、吉村さんが魅力を感じるのはA2ノビ対応の「PX1VL」のほう。その理由を伺うと、オリジナルプリントを販売する都合上、大きなプリントが作れるほうが好ましいのだといいます。
吉村: A2ノビ機の「PX1VL」にすごく魅力を感じてますね。A2サイズのプリントを作ることってそんなにないんですけど、でも、たまに注文が入ったりするときはA3以上のプリントを作ります。
吉村さんは、とにかくたくさんのプリントを作る写真家です。オリジナルプリントとして作品を販売したり、写真集や雑誌に掲載する写真の色見本だったり。
そして、尋常ではない数のプリントを作るからこそ、吉村さんならではの視点でプリンター選びをするらしく。「PX1V」に関して、色彩の表現力以外にも魅力に感じた部分があるのだと教えてくれました。
吉村: ロール紙に対応したじゃないですか、それが大きいんですよ。すごく大きい。というのも、紙を交換したり、新しくセッティングしたりって結構面倒なんです。でも、ロール紙だったら一発で決まりますから。そのままセットしておけばよいわけですし。紙切れから解放されます。僕はそれほどたくさんプリントを作るんですよ。だから、ロール紙に対応したというのは、僕にとって大きな魅力なんです。
ロール紙対応も「PX1V」および「PX1VL」の特徴のひとつ。吉村さんの場合は、パノラマ作品に使うのではなく「紙切れからの解放」という考え方がユニーク
02 シャドウ部分があるんですよ!
今回プリントした作品はすべて、Adobe® Photoshop® のプリント機能で作成しています。ただし、レタッチなどは行わず、JPEGで撮影したままの状態をストレートに出力しています。
Photoshop® の「プリント設定」画面の「カラー処理」は、「プリンターによるカラー管理」を選択。要するに、プリンターの色補正を使ってプリントするという、ごく一般的な方法です。
Photoshop® の「プリント設定」画面。色を左右する「カラーマネージメント」は、「プリンターによる色の管理」を選択。詳細な設定は行わず、プリンターを信頼した設定で「PX1V」の表現力を引き出す。
前半で最初に解説してくれたプリントが、フランスの田舎で写したというブルーモーメントの作品です。同じ場所を日中も撮影していて、画になる素晴らしい場所だったのでブルーモーメントの時間帯にも撮影すると決めたシーンだといいます。
PENTAX 645Z/HD PENTAX-DA645 28-45mmF4.5ED AW SR/Avモード(F9、2.5秒)/ISO 400/WB:オート/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
吉村: このときのことは今でも頭に残っているんですけど、やっぱり空の青さがすごく印象的でしたね。ライトアップされた建物の色彩と空の青さが重なることによって、美しい風景写真を作り出してくれる。ですから、そのあたりを意識して撮りました。窓明かりが加わることによって生活感も出るし。フランスの田舎の素晴らしさを表現する意味では、一枚のキメ写真になったかなって感じます。
しかしながら、このプリントの素晴らしさは青の表現力にとどまりません。吉村さんが感動したというポイントを、具体的に教えてもらいました。
吉村: シャドウ部分があるんですよ。画面下の石畳の道とか、屋根の部分ですね。そういったところって結構、暗くつぶれるんです。でも、プリントをよく見ると階調が出ている。石畳の石の一つひとつが数えられるくらい、本当に見事に描写されているんですよ。そこが、すごいなって思いましたね。感動しましたよ、出てきた写真を見たときは。
吉村さんが感動したと語るシャドウの再現性(赤枠部)。プリントするとつぶれやす深い黒が、「PX1V」では見事に描写されている。
03 吉村作品の仕掛けとは?
ここで、吉村さんがブルーモーメントの作品を美しくするための“仕掛け”を教えてくれました。というか、吉村作品が美しく見える種明かし、といってよいかもしれません。
吉村さんは、この点を意識して撮影スポットを見極めているそうです。それが分かりやすい作品が、下の写真になります。この作品も、RAW現像やレタッチなどの色調整は行わずにプリントしていました。
PENTAX 645Z/smc PENTAX-FA645 45-85mmF4.5/Avモード(F9、2.5秒)/露出補正:+0.7/ISO 400/WB:オート/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
吉村: 青い空がとても鮮やか。すごくいい色が出てますね。山の稜線から、微かなグラデーションになっていて、上のほうに溶け込んでいく。上のほうは、かなり濃いディープなブルーです。そこのグラデーションがプリントでも見事に表現されています。
プリント(インク)とは思えない透明感のある鮮やかな青から、深い青に向かう美しいグラデーション。吉村さんが「見事」と称賛するだけあって、このプリントを印象付ける大きな要素となっている。
何気なく「そこがこの作品の見せ所ですか?」とお聞きしたところ、「そうだけど、それだけじゃないよ」といわんばかりに、吉村作品の秘訣のようなものの一端を語ってくれました。
ここからが、ブルーモーメントを作品に昇華させるための核心部。吉村さんが作品に仕込んでいる“仕掛け”についてです。
それが、地表物の色。具体的には、光に包まれた暖かい雰囲気の場所を選ぶということです。
吉村: ライトアップされている建物っていうのは、黄色とかオレンジが多いんですよね。青い空と、黄色やオレンジの建物とを一緒に撮ることで、青い空がより青く感じる。だから僕は、ブルーモーメントの世界を表現するときに、あえて街灯と重ね合わせるようにしてます。
空の青と地表の黄色。要するに、補色の関係です。ブルーとイエロー、レッドとシアン、グリーンとマゼンタのように、補色関係にある色の組み合わせは、互いの色がとても目立ちます。それを、吉村さんは作品に取り入れているというわけです。
前半に紹介している写真も見返してみると、確かに「青と黄色」という関係のものが多いかも。知らぬ間に、吉村さんの術中にハマっていたと……。
プロの計算高さは、本当にすごいと思います。
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ブルーモーメントの青を引き出す秘訣、それは暖色系の光と一緒に撮ること。
04 ハイライトが美しいから プリントも映える
作品をオリジナルプリントとして販売している吉村さんは、プリントの質をとても大切にする写真家のひとりです。当然ながら、撮影のときもプリントの仕上がりを意識しています。
ブルーモーメントからは少し逸れますが、吉村さんが撮影時に必ずチェックし、プリントでもクオリティを確認するポイントを教えてもらいました。
吉村: とくに気にするのは白とびですよね。白とびしている写真というのは救いようがないんですよ。避けられない部分はあります。でも、必要な箇所は白とびさせないようにしてます。たとえば、時計の中はかなり眩しかったんですけど、プリントでちゃんと文字盤が見えますよね。窓の中もそう。
吉村さんがこだわって写したというハイライト部。文字盤が見えることで、それが「時計」ということが分かりやすくなる。
必要な部分は白とびさせずに撮り、プリントでもギリギリの階調を再現する。時計の文字盤や窓の中が真っ白になってしまうと、写真内でその存在が意味をなさなくなってしまうということです。
このように、白とびは細心の注意を払っていますが、黒つぶれに関しては柔軟に対応している、というか、気にしていないのが印象的でした。てっきり、黒つぶれはRAW現像やレタッチで救済しやすいためと思ったのですが、それとは別の考え方のようです。
吉村: 黒つぶれは気にしないですね。デジタルカメラは、結構シャドウ部分の階調も拾ってくれるし、RAW現像やレタッチで少し起こせますから。ただ、極端に起こしたりはしないです。仮に黒くつぶれていても、作品の味になるんですよ。グッとこう、締まりが生まれるんです。だから、黒つぶれは気にしていません。
黒つぶれに見えていてもデータ的にはわずかに階調が存在し、RAW現像などでその濃淡を引き出すことはできます。でも、それを行うといかにも加工した写真に見えてしまい、風景写真としては違和感があるのだといいます。
「黒つぶれは気にしない」という吉村さんの言葉どおり、プリントでも背後の山は広い範囲で黒くつぶれている。この部分に階調を出すと、作品の締まりが失せてしまうという。
「フィルム時代にはつぶれていたから、それでいい」
フィルムからデジタルへと時代をまたぎ、長い間プロとして写真を撮り続けてきた重みが感じられるひとことでした。
もちろん、例外はあると思いますが、白は自分でコントロールする、黒は成り行きに任せる。それにより、撮影の段階でよい写真(データ)が得られ、プリントでも最大限に階調が活かせるようになるわけです。
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吉村流白と黒の考え方。ハイライトを重視してシャドウは作品の“味”として活かす。
05 取材後記
今回は、「ブルーモーメント」の撮り方と、映えるプリントの作り方を教えてもらいましたが、吉村さん曰く、「ブルーモーメントを撮るのは簡単」で、「PX1Vがあれば問題なし」という結論に……。
確かに、前半で紹介したとおり、撮ること(カメラの設定)自体は簡単だと思います。ブルーモーメントも、時間さえ見極めれば写せる気がします。でも、青い空だけを撮っても「きれいな写真」になるだけで、「作品」としてはもの足りないということを実感しました。
きれいな写真を作品に昇華させるための仕掛け。
吉村さんは補色を意識していましたが、もしかしたら別のなにかがあるかも。それを見つけることができれば、オリジナリティのある作品になるのではないかと。
最後に、吉村さんが教えてくれたノウハウをまとめておきます。
構図に迷ったら「その場所でなにを表現したいか」を考える
ランドマーク的な存在とブルーモーメントは映える
ブルーモーメントは北に行くときれいに見える
季節は冬がよくて春はかすみやすい
補足すると、北に行くほど空気が澄んでいて、ブルーモーメントが美しく見えるそうです。同様に、季節は空気の澄んだ冬がブルーモーメント向きだとも話してました。
ただ、ブルーモーメントはどこでも見られるし、季節や天気に関係なく撮影できる被写体です。それは、吉村さんが毎日撮影していることからも確かです。
実は、ブルーモーメント以外の作品も解説してもらったのですが、記事としては泣く泣く割愛です。その代わり、動画でまとめておくので、興味のある方はご覧ください。
風景写真のプロ吉村和敏に聞く:総集編&番外編動画
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