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©Zenji Uehara.
上原ゼンジは、たえず写真をとおして、飽かず視覚の実験を試みつづけている、なんともいえず、おもしろい写真家である。彼の実験台では、うずらの卵がもうひとつの地球に、透明クラゲが宇宙的遊泳体に変貌し、透過光にさらされた枯れ葉はミステリアスな色と怪しいディテールの塊になる。それだけではない。レンズもみずから作ってしまう。しかもどこにでもありそうな、100円ショップでも買えるような材料で。それらのレンズをコンパクトデジタルカメラに取り付けて撮影した、花やキューピーや街は、キッチュで可愛くてちょっぴり怖い。さらに、写真画像のレタッチにも詳しい。本を一冊書き上げてしまうほどだ。夢幻にひろがる空想世界と身体的な現実が、写真のなかに奇妙なバランスで融合する。虚と呼ぶにはずっしりと重く実というにはふわふわと軽い。いったいこの人の頭の中はどうなっているんだろう…ふしぎの宇宙への旅。12月5日~、エプサイト。イメージの扉の鍵を開けてお待ちいたします。
本展は、二つのパートによって構成されます。
【ふしぎの劇場】上原ゼンジのミクロとマクロをいきかう特異な視覚世界を、大判プリントに拡大してご紹介いたします。
【キッチュフォトSTUDIO】手製のキッチュレンズをデジタルカメラに取り付けて見たコンパクトカメラによる作品を、実物とともにご紹介いたします。
【作家によるワークショップ】
<カラーマネジメントの達人が紹介する、身近な道具を使ったデジタル写真の遊び方>
1月12日(祝) 14:00~16:00
■上原ゼンジ Zenji Uehara
1961年浦和生まれ。1981年、日本大学経済学部に入学。椎名誠が編集長を務める「本の雑誌社」に助っ人として参加。「あやしい探検隊」のドレイとして日本中をキャンプしてまわる。1986年、写真集団「FOTO SESSION '86」に参加。中野坂上にアジトと呼ばれるアパートを借り、月に一回の例会を開く。講師の森山大道に2年間、写真を見ていただく。「本の雑誌社」を経て、1987年~編集、デザイン、写真撮影などの仕事をフリーで行う。デジタル写真の色再現にこだわりカラーマネージメントの研究を始める。日本パブリッシング協会カラーマネージメント委員会の副委員長に就任し、カラーマネージメントに関する執筆や講演活動を行う。ブログ「キッチュレンズ工房」を開設し、自作のレンズで撮影をしたり、写真に関するさまざまな実験をしながら、写真の可能性を追求している。
写真展「nude」PLACE M/「流し展」街道
著作
「うずらの惑星 身近に見つけた小さな宇宙」(雷鳥社)
「カメラプラス トイカメラ風味の写真が簡単に」(雷鳥社)
「デジカメでトイカメ!! キッチュレンズ工房 ピンホールに蛇腹、魚眼でレトロでアナログなデジタル写真を撮ろう!」(毎日コミュニケーションズ)
「すぐにわかる! 使える!! カラーマネージメントの本 仕事で役立つ色あわせの理論と実践マニュアル」(毎日コミュニケーションズ)
WEBサイトhttp://www.zenji.info/
©Naruaki Onishi
大西成明は、「生命」や「身体」というテーマにこだわりを持ってきた写真家だ。最初の写真集『象の耳』では、動物園にいる動物たちの細部を撮影し、その形態と色彩に刻まれた、35億年にわたる生命の記憶を探検した。
『病院の時代』では、全国の病院を訪ねて、日本人の“生老病死”の実態に迫った。それと並行して、「脳」や「骨」という、生命の究極の形にも着目し、物(モノ)と霊(モノ)を繋ぐ、身体イメージを紡いできた。
そして、『ロマンティック・リハビリテーション』である。これは、脳梗塞・脳卒中・頚髄損傷、あるいは統合失調症・薬物依存症といった、過酷な身体を背負いながらも現実を切実に生きる人々と、彼らに向き合い支える医師、療法士、家族の人たちとの日々の格闘を、リハビリ群像として真正面からとらえたものである。
「リハビリ室での苦しく単純な機能回復訓練」という従来のリハビリ観を超えて、それぞれの人の「夢見る力」が切り開いていく「ロマンティックなリハビリ」というものが本当に可能なのだろうか…大西の写真は、この時代の「希望と再生の姿」を静かに語りかけてくる。
【作家によるギャラリートーク&サイン会】
2008年10月25日(土) 13時~/15時30分~
2008年11月8日(土) 13時~/15時30分~
■大西成明 Naruaki Onishi
1952年奈良県に生まれる。早稲田大学第一文学部卒業。1992年、『象の耳』により、日本写真協会新人賞を受賞。97年には、『地球生物会議』のポスターで、ニューヨークADCゴールドメダルを受賞。また、『病院の時代』により、2000年度講談社出版文化賞を受賞。2001年には、『鑑真和上と世界の写真家展』に参加。
他の著書に、『日本の川100』や、世界で一番美しい脳の写真集『ひよめき』などがある。
©Masataka Nakano
中野正貴は、東京を撮りつづける写真家である。『TOKYO NOBODY』(無人の東京)『東京窓景』(窓から眺める東京)『東京雪景』(雪を帯びた東京)『Black out Tokyo』(光のない東京)『TOKYO FRONT』(川面に浮かべた舟からの東京)… あくまでも、東京にこだわり、ほのかにユーモラスなあたたかい眼差しで、さまざまな角度から東京をとらえている。 その独特の視座は、「中野正貴ノ東京」と形容するしかないほどに、マニアックである。
■中野正貴 Masataka Nakano
1955年 福岡県生まれ。56年より東京在住。
1979年 武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン科卒業。写真家・秋元茂氏に師事。
1980年 フリーランスフォトグラファ-として独立。
以来、数々の雑誌表紙撮影や広告撮影で活躍。鋭い感性と巧みな空間把握に定評がある。暖かみを帯びた色調は、独自の空間を表出する。変貌し続ける人口過密都市、「東京」の無人の「瞬間」を追い求め、8x10の大型カメラで10年余の歳月をかけ撮影した写真集『TOKYO NOBODY』はベストセラーとなった。
2001年 写真集『TOKYO NOBODY』により日本写真協会賞新人賞受賞。
2005年 写真集『東京窓景』により第30回木村伊兵衛写真賞を受賞。
©Mitsuhiko Imamori
世界中の昆虫や身近な里山環境を取材し、人間と自然との密接な関わりを美しい写真作品と親しみやすい文章で伝え続けている今森光彦。 今回、今森は特別の許可を得て、2年の歳月をかけて伊勢の森の姿を撮影した。これは神域である森の命の記録である。
2000年の歴史をもち、天照大御神が鎮座する伊勢神宮には、鬱蒼と茂る神宮の森が広がっている。
しかし、そんな森にも危機の時代があった。20年ごとに内宮、外宮の正殿をはじめ、神宮すべての神殿や神宝を新しく作り替える「式年遷宮」のためのヒノキを育ててきた森は、江戸時代のある時期に薪炭林として伐採されすぎたため、生態系のバランスを失ってしまったのだ。そして今、野生のヒノキを復活させるために、森の再生プロジェクトが動き出している。
樹木の伐採を一切行わない神域とは別に、照葉樹と針葉樹との混交林を目指した区域を設け、100年、200年後の遷宮に向けて毎年4000~5000本の苗木が植えられている。690年の持統天皇の御代に始まり、1300年に渡り営まれる「式年遷宮」は、神宮にとって永遠性を実現する大いなる営みであり、神宮を取り巻く森こそが、その永遠性の源となっているのだ。
「里山の雑木林は人が直接管理していく森だが、伊勢は心を通わせ、見守っていく森」と今森は言う。伊勢の森では、太古から変わることのない、日本の森の姿を見ることができる。そこには自然を畏れ、精神性を求めてきた日本人の心のふるさとがある。
【作家によるギャラリートーク&サイン会】
2008年8月9日(土) 11時~
2008年8月10日(日) 11時~/14時~
【3展覧会開催記念 プリントラリーの開催】
実施期間:2008年7月5日(土)~9月7日(日) ※応募締め切り:9月10日(水)必着
上記の期間、「今森光彦写真展」をご覧になる方を対象に、プリントラリーを開催します。各会場内に設置した「カラリオ ミー」でプリントしたものが応募用紙です。プリントの個数に応じて抽選で素敵な賞品をプレゼントします。
■今森光彦 Mitsuhiko Imamori
1954年滋賀県生まれ。琵琶湖をのぞむ田園にアトリエを構え、身近な里山環境を撮り続ける一方、熱帯雨林や砂漠など、世界中の昆虫を精力的に取材している。
©Eikoh Hosoe
写真家・細江英公の軌跡は、日本の戦後写真史の歩みを映す鏡である。欧米でいちはやく育っていた芸術の概念を日本写真に伝え進化に貢献しつつ、表現者として時代に刺激をあたえる強烈な作品を発表しつづけてきた。
1948年、15歳で初めてのカメラを購入。
十代で、瑛九、池田満寿夫、加藤正、武満徹、河原温ら強烈な個性をもつアーティストたちと交流をもち、久保貞次郎、瀧口修造、岡鹿之助らの表現に多大な影響をうける。
東京写真短期大学(現:東京工芸大学)写真技術科を卒業した21歳のころには、若くして、フリーのフォトグラファーとしてやっていくことを決意していた。
1959年、「VIVO」を、川田喜久治、佐藤明、丹野章、東松照明、奈良原一高とともに立ち上げ、写真家が自らをプロデュースすることでその活動が経済的基盤を確立することをめざした。(61年解散)
世界に暗黒舞踏を知らしめた、土方巽との交友は、VIVO設立と同じ1959年、「禁色」の舞台(東京・第一生命ホール)を見て感銘を受けたことにはじまる。細江同様、東北(秋田)の出身の土方は、細江が写真家になると決めた同じ21歳で、東京・神田で催された大野一雄の舞踏公演に刺激を受け舞踏家としての人生を踏みだしている。二人の出会いは、69年、写真集『鎌鼬』(現代思想社)として開花。86年土方57歳、惜しまれる逝去以降も、細江の中に土方の精神は生きつづける。土方の稽古場であったアスベスト館(東京・目黒/03年閉館)にて、浮世絵の映像を土方の弟子であった舞踏家たちの白塗りの身体に投射し撮影した、艶やかにして生のエロスをたたえたカラー作品「春本・浮世絵うつし」を制作。
その後の、デジタルテクノロジーとの出会いは、屏風、掛軸、絵巻という日本発の伝統美を写真文化の未来像にかさねあわせ、土方とのコラボレーションを時間軸とともに新たなスタイルへとつくりあげていくことになる。
エプサイトでの個展開催にあたり、細江英公が目指したものは、技術と日本文化を根幹部で融合させることであり、技術力を触媒として無限にひろがっていく表現の可能性を心ゆくまで謳歌することだったのではないだろうか。
この強靭で無垢な表現への渇望は、写真という表現方法に初めて触れたときの人々の驚きや感動とどこかで共通項を持つのかもしれない。銀塩写真への愛しみと、デジタルプリントが拓く広野を探求する楽しみが、表裏を成しながら、次代の写真文化を育てる基盤をつくりあげようとしている。
【作家によるギャラリートーク】
2008年7月5日(土) 15:00~16:00
■細江英公 Eikoh Hosoe
写真家。1933年山形県米沢市生まれ。1960年『おとこと女』、1963年『薔薇刑』で評価を確立し、1969年『鎌鼬』で芸術選奨文部大臣賞を受賞。主な写真集に「おとこと女」、「薔薇刑」、「鎌鼬」、「ガウディの宇宙」、「ルナ・ロッサ」、「胡蝶の夢舞踏家・大野一雄」、「春本・浮世絵うつし」、「死の灰」などがある。1998年、紫綬褒章。2003年、英王立写真協会創立150周年記念特別賞。2006年、写真界の世界的業績を顕彰するルーシー賞(米)の「先見的業績部門」を日本人として初受賞。2007年、旭日小授章叙勲。2008年、毎日芸術賞。
現在、清里フォトアートミュージアム館長、東京工芸大学名誉教授
©Kazuyoshi Miyoshi
写真家・三好和義は13歳の時に沖縄を訪ねて以来、タヒチ、モルディブ、サハラ、ヒマラヤ、南極など世界各地で「楽園」をテーマに撮影を続けてきました。
高校生の時に初の個展を開き、以後多数の写真展を開催。27歳の時には、写真集「RAKUEN」により当時最年少で木村伊兵衛賞を受賞、その後も目覚ましい活躍を続けています。
今回三好和義は、迷宮の王国・モロッコを初めて訪れました。
モロッコはアフリカ大陸の北西端、北大西洋と地中海に面し、国土の中央にあるアトラス山脈を境に、西側には平野、南東には乾燥した砂漠地帯が広がる表情豊かな国です。別名で「西方の国」すなわち「日の沈む国」とも呼ばれるモロッコは、「日の出ずる国」である極東の日本から眺めれば極西とも言える遥か遠い国です。歴史ある町には迷路のような細い通りが張り巡らされていて、そこはまさに迷宮となっており、人々の熱気が満ち溢れています。
「モロッコの人たちには不思議な力がある。神秘的に微笑むアラビアの人たちを撮影する時、目を合わせると心が吸い込まれそうになった。」と三好は語っています。
なだらかに広がる美しい砂の海やヤシ林に囲まれたエキゾチックなホテル、世界遺産の町「アイット・ベン・ハドゥ」、そしてお菓子のようなベルベル人の民家…。
そんな不思議な魅力がたくさんつまった国・モロッコを楽園写真家・三好和義が表現しました。撮りおろしの最新作品をエプソンのインクジェットプリントにて表情豊かに展観いたします。
【作家によるギャラリートーク】
2008年4月26日(土)、4月27日(日) 両日とも13:00~と15:00~
■三好和義 Kazuyoshi Miyoshi
1958年徳島県生まれ。13歳で一眼レフカメラを持って沖縄にひとり旅。16歳に沖縄で撮影した「牛」が二科展に最年少で入選。1981年東海大学文学部卒業。
以後、楽園をテーマに世界各地を撮り続けている。主な受賞に、木村伊兵衛賞、タヒチ政府特別賞、藤本四八写真賞などがある。
©Seiji Kurata
東京の表層奥深くにひずむ肉塊をえぐりだした衝撃の写真集『FLUSH UP』(白夜書房/1980年)、アジアを徘徊し、原初的な生活が漲らせる生命の活力と死の陰のはざまを縫うように行き交う視線『トランスアジア』(太田出版 1995年)……。
写真界に激震を与えたこれらの写真集を介し、スナップショットとは何かを自らの肉体を通して追い求めつづけてきた倉田精二。このたびエプサイトでは、その後の永い沈黙ゆえに、展観の待たれた倉田の最新シリーズの全貌をご紹介いたします。
網目のようなストリートを形成していく都市の混濁を影像にとどめ、既存の価値観がつくりあげてきた位相を見事にくつがえして見せた倉田の関心をとらえたのは、街の景観を日々塗り替えていく首都高の工事現場や突如変貌する都市の姿との追いつ追われるスリリングな関係性でした。
深夜、早朝と、巨大な工事現場に潜り込み、複数のカメラを設置することにより、同一の時間・同一の場所で複数のカットがポジフィルムに定着されていきました。人々の生活にいやがおうでも多大な影響を与えずにおかない大規模な工事、その完成とともに忽然と出現する首都高が変容させる東京の表情は、冷酷で無機的、エロティックで生々しく、時代の混沌の地層上に成り立つ東京の化身ともいえます。長時間露光と中判カメラ(4×5)での撮影と、以前の35ミリ一眼レフによるスピーディなシャッターとは異なるアプローチを選びながら、10年にわたり撮影された大量の作品群は、スナップショット・スピリットともいうべき、強靭な集中力とみずみずしい好奇心の集積であり続け、都市の表層を剥ぎとり複雑な異相を露わな断片として曝けだしていったのです。
郷愁とも文明批判ともどこかで一線を画す、ひたすら硬質なリアリティ。時代と並走することで醸成されたファッショナブルな香り。終焉を持たないというきわめて写真的な宿命を背負いこむ覚悟。飽くなき空間の連続的な変容の記録は、時間という奥行きを得ることで、東京の現在を語り継ぐ壮大な叙事詩へと編み上げられていったのです。
■倉田 精二 Seiji Kurata
1945年 東京都生まれ。東京芸術大学美術学部絵画科卒。
1980年 「ストリート・フォト・ランダム・東京75-79」木村伊兵衛賞受賞。
1992年 「80's FAMILY」第42回日本写真協会年度賞 1999年「ジャパン」第30回講談社出版文化賞写真賞。
3/27~3/29の3日間、エプサイトにてオリジナルレクチャーを開催します。皆様のご参加を心よりお待ちしております。
開催日 | 時間 | 内容 | 定員 | 参加要件・料金 |
3/27(木) | 11:00 | 12:30 |
1) ORIGINAL LECTURE プライベートラボ使いこなしノウハウ 初級編 |
20名 | アドバンストメンバー:無料 ※ 当日登録可(年会費3,150円) |
15:00 | 16:30 |
2) ORIGINAL LECTURE プライベートラボ使いこなしノウハウ 中級編 |
20名 | 「1)初級編」を受講済みのアドバンストメンバー限定(無料) | |
3/28(金) | 11:00 | 12:30 |
3) ORIGINAL LECTURE プライベートラボ使いこなしノウハウ 特別編 RAW現像のノウハウ |
20名 | 「1)初級編」および「2)中級編」を受講済みのアドバンストメンバー限定(無料) |
15:00 | 16:30 |
3) ORIGINAL LECTURE プライベートラボ使いこなしノウハウ 特別編 RAW現像のノウハウ |
20名 | 「1)初級編」および「2)中級編」を受講済みのアドバンストメンバー限定(無料) | |
3/29(土) | 11:00 | 12:30 |
1)ORIGINAL LECTURE プライベートラボ使いこなしノウハウ 初級編 |
20名 | アドバンストメンバー:無料 ※ 当日登録可(年会費3,150円) |
15:00 | 16:30 |
2) ORIGINAL LECTURE プライベートラボ使いこなしノウハウ 中級編 |
20名 | 「1)初級編」を受講済みのアドバンストメンバー限定(無料) |
1) プライベートラボ使いこなしノウハウ 初級編
プライベートラボを有効に使いこなしていただくための初級セミナーです。
<カリキュラム>大判サイズでプリントする方法/操作が簡単な簡易レタッチ方法/プリントサイズと画像解像度の設定/プロファイルの設定
2) プライベートラボ使いこなしノウハウ 中級編 ※アドバンストメンバー限定
初級編受講者限定のステップアップセミナーです。
<カリキュラム>表現に合わせた用紙の使い分け/プリントサイズに合わせたデータの用意/プリントお悩み相談
3) プライベートラボ使いこなしノウハウ 特別編 RAW現像のノウハウ ※アドバンストメンバー限定
RAWデータはその仕組みを知っておけば、撮影時はシャッターチャンスや構図作りに集中でき、またRAWデータ処理だけでプリント仕上げがほぼ可能になります。プライベートラボでRAWデータを大きく引き伸ばす方にお奨めの講座です。
フォトグランプリ2007は、前回年二回であった応募を年一度のイベントとして統一、よりスケールアップを目指し、前年を大きく上回るおよそ15000点のデジタルプリント作品の応募をいただきました。
さまざまな土地に足をはこび機材の特性にこまやかに留意している、ひとりひとりの写真との関わり方を反映しながら、膨大な量となって生み出された応募作品群からは、写真への想いが色濃くたちのぼってきます。
「ネイチャー」、「ヒューマンライフ」、そして、これから本格的な応募を志す方のためのトライアルである「エントリー」の3つの部門によって構成されるフォトグランプリ2007は、審査員に田沼武能氏、水越武氏(※)を迎え、部門ごとに、グランプリ、準グランプリ、審査員賞、フォトストーリー賞、モノクローム賞、入選、佳作を144名の方たちに授賞いたしました。
2月29日の授賞式にあわせて、受賞作品を一望する展示がエプサイトで行われます。
受賞者の方々の大半は、写真以外の生業を営みつつ、時間と経済力のゆるす限り写真に心を傾けている方々です。関連企画として、エプサイトなりの視点で、写真の偉大なるアマチュアリズムの現在を切り取り、間断なく繰り返される技術革新と情報の波を泳ぎながらデジタルフォトの楽しみ方を追求します。写真が生活にもたらす至福とは。写真との暮らし方についての道しるべを体現する7人の受賞者代表のコーナーを設け、エプサイトオペレータとの共作として再制作したプリントとともに彼らの写真との関わり方をご紹介いたします。
【関連展示】
「写真と暮らす Enjoyable life with photo」
ライフスタイルと写真を緊密に結びつける各テーマに特化する7名の受賞者の作品をご紹介いたします。
テーマ □家族 □旅 □テクニック □水中 □街 □記憶 □花
©Takeshi Mizukoshi
水越武は、「生態系からみた地球」をテーマに、日本列島、ヒマラヤ、熱帯雨林などを撮影し、壮大な自然の営みを雑誌や写真集で発表してきました。
水越は、幼い頃から山の自然に親しみ、27歳から写真家・田淵行男に師事し、田淵から山に対するひたむきな姿勢や、自然をリアルに直視する洞察力を学びました。そして1971年に発表した「穂高」のシリーズによって、山岳写真界に水越の名を深く刻むことになりました。やがて水越の視点は、国内外の高峰から、日本の原生林、熱帯雨林に移り、近年は急激な温暖化で後退が進む世界各地の氷河など、地球全体をとりまく生態系がテーマとなっています。
2003年からは、北海道東端の知床の自然に分け入り、残された原始、そしてそこに繰り広げられる生命の営みを撮り続けてきました。
知床は、アイヌ民族の言葉「シレ・トク」(大地の果てるところ)に由来し、現在も容易に人を寄せ付けない地形と厳しい気候によって、原始性の高い自然が残されています。オホーツク海に槍のように突き出した半島の中央部には、千島火山帯を構成する山並みが連なり、海岸線は断崖絶壁が続く豪壮な景観が見られます。周囲の海には、厳冬期に流氷が運んできた大量の有機物(プランクトン)によって育まれた、豊かな生態系が存在します。
本展では、余人では決して捉えることの出来ない知床の原始の姿をハイ・クオリティのインクジェットプリント約60点で展観いたします。
■水越武 Takeshi Mizukoshi
1938年 愛知県豊橋市生まれ。
東京農業大学林学科中退後、1965年から写真家・田淵行男氏に師事。
1971年 個展「穂高」を契機に独立。以後、フリーランスの写真家として日本アルプス、ヒマラヤの山岳、日本の原生林、熱帯雨林、世界各地の氷河などを撮影。
主な著作に、「山の輪舞」、「日本の原生林」、「HIMALAYA」、「熱帯雨林」など。日本写真協会年度賞受賞、講談社出版文化賞、土門拳賞を受賞。