2021年・第2期(第25回公募選考会)選考委員評

選考の様子

選考会の様子

選考委員
上田 義彦氏
(写真家 多摩美術大学グラフィックデザイン学科教授)
速水 惟広氏
(T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO(東京国際写真祭)ファウンダー)

2022年4月~2022年9月までの期間にエプサイトギャラリーにて写真展を開催する作品を選出する公募展選考会を行い、5組の出展者を決定しました。選出された作品と選考委員のコメントは以下のとおりです。
また、今後応募を希望される方へ選考委員からのアドバイスを掲載していますので、こちらもご覧ください。

選出作品(50音順)

黒瀬 ミチオ
『Mosir -Landscape of-』

黒瀬 ミチオ『Mosir  -Landscape of-』

北海道に住む少数民族「Ainu」は、自分たちの土地のことを「Mosir」と呼びます。
彼らの「土地、大地」を意味する「Mosir」は、過去からの積み重なり、現在そして未来へと繋がって行く空間を表しているようです。これは私が理解する「Landscape」の意味と重なります。
この作品は、「Ainu」の人々の「Mosir」が持つ概念に触発され再発見した私の「Landscape」を表現したものです。

【プロフィール】
黒瀬 ミチオ Michio KUROSE
北海道出身
2002年 「Espas gris」コダックフォトサロン
2006年 「きのう雨が降った Ⅰ」コダックフォトサロン
2009年 「きのう雨が降った Ⅱ 」コダックフォトサロン
2019年 「Mois de la en Nievre 2019」 グループ展
2016年  International Photography Awards 「Story in A Forest」入選
2017年  MONOVISION Photography Awards「Series, Landscapes,2017」 入選
http://kurose-photo.jp/

【上田氏 評】
本作からは、風景、あるいは風景写真の解釈や定義を新たに試みようとしているような印象を受ける。技法としても画像合成が行われていて、いわゆる風景写真とは異なり、個性的な手法で風景写真を模索しているといった魅力がある。展示においては、より新しさを感じられる作品をセレクトし、絞り込むことで、印象の強いものになるだろう。また、それらを大きくプリントすることで、この試みが見る人により伝わりやすくなると思う。
【速水氏 評】
風景写真は撮影者が多く、人気のジャンルだけあって、作品としてどのように撮っていくかが難しいと感じる。そうした中で作者は、単に風光明媚な写真を撮るのではなく、自分にとっての風景とは何かを明確に定義して撮っている点に惹かれた。そのための技法的な工夫は、デジタルでのペインティングのようでありユニークだ。最近は、ハイパーリアルな風景写真が注目を集めがちだが、それとは異なるベクトルの作風に魅力を感じる。

卞 敏
『思い』

卞 敏『思い』

世の中のあらゆるものは、全てがお互いに影響を与え合って存在しています。こう考えると、自分という存在すら主体的な自己として存在するものではなく、互いの関係のなかで"生かされている"存在であると気がつきます。すべては繋がりの中で変化しています。無常であると知っているから、一期一会の出会いを大切にします。

【プロフィール】
卞 敏 Bian Min
中国出身
2021年 多摩美術大学美術研究科博士前期課程修了

-受賞
2021年「Portrait of Japan」グランプリ(Hellen Van Meene選)
https://www.instagram.com/bianbiandezuiai/

【上田氏 評】
作者は、前回の公募にも応募されていたと思うが、今回は少しセレクトの方向性が変わっていて、主に中国に住む作者の家族にフォーカスしたものになっている。ひと目見て作者の力量の高さが伝わってくる写真だ。コロナ禍で、簡単には会えなくなってしまった家族への思いや家族から作者への思いといったものが十分に伝わってくる内容だが、それをどのように展示で見せるかは、少し工夫が必要になると思う。
【速水氏 評】
主に中国に住む家族を丁寧に撮影し、構成された作品。タイトルにもあるように、遠くにいる人や家族への思いが画面から伝わってくる。コロナ禍にあって、より強くその印象を見る人に与える作品だ。写真は部分的に再構成したほうがより良いものになると思われる一方で、展示プランでは提出作品にはないファミリーヒストリーを感じられる家族アルバムの写真なども組み込まれており、実際の展示がどのようになるか楽しみだ。

本田 光
『うきま』

本田 光『うきま』

この作品は、私の妻とその暮らしを10年以上撮り続けてきたものです。
40歳を過ぎて遅い結婚をするまで、故郷を離れて孤独に暮らした時間が長かった私は、家族を持つことの意味やコミュニティーに属することについて、考える時間が多くありました。
そのせいか、結婚生活をはじめた場所は、子どもの頃自分が育った場所に似た団地でした。
そこには、暮らし向きが表に向かって開かれている場所があり、共有する花畑がありました。
しかし、そんな暮らしの風景も、建て替えが進んで変化していきました。人々の暮らしのやり方も変わってしまったみたいに。
写真に写った失ったものの手触りで、変わらぬ本質は何なのか、何を大事にしたかったのか考えてみたかったのです。

【プロフィール】
本田 光 Hikaru Honda
広告・印刷会社で8年営業職で勤務した後、日本映画学校へ
フリーシナリオライターを経て、現在会社勤務しながら、舞台撮影、写真作品・手製本による写真集制作を継続。

写真歴:2013年 渡部さとる氏主催Workshop2Bに参加
2014年 六甲山国際写真祭ポートフォリオレビュー参加
2015年から毎年、Tokyo8×10 EXHIBITION グループ展に参加して作品展示
https://www.hikaruchan.com/

【上田氏 評】
写真を撮っておかなければ忘れてしまうような、夫婦2人の何でもない日常が丁寧に記録されている点に何より惹かれた。時間が経過して行く中での変化や、二度と撮れない一瞬をありのままに数多く残しておきたいといった強い意志が感じられる作品。作者の優しく暖かい視線や、夫婦だからこそ撮れる写真のリアルさも魅力的だ。展示では、そうした日常の暮らしを捉えた写真を軸にして構成や展示方法を練ることで、印象的で心地良い作品にすることができるはずだ。
【速水氏 評】
長い時間をかけて丁寧に撮られたことが観る人に届く作品。川の流れ、老朽化する建物、二度と戻れないその瞬間…、撮影者である作者と被写体である彼の妻との関係が、写真に写るそんなシーンからじんわりと伝わってくる。静かに淡々と写真によって綴られるこの物語に派手さは全く必要ない。ただそこで暮らした時間だけが、確かにそこにある。そんな作品。展示も、そうした作品の魅力が伝わる展示となる事を期待している。

目良 敦
『はじまりと終りのあいだ』

目良 敦 『はじまりと終りのあいだ』

日々に写真を残すことは、自分の位相を確認し、拠り所となる何かを探しているようにも感じる。
しかしその実、わずかでもその不確かな道程を記録せずにいられないだけなのかも知れない。
ともあれ、今はまだ保留されている。
はじまりと終りのあいだに。

【プロフィール】
目良 敦 Atsushi Mera
1972年 兵庫県出身
1995年 武蔵野美術大学映像学科 卒業
1997年 多摩美術大学大学院美術研究科 修了
町田市在住
http://mera-photo.com/

【上田氏 評】
作者は、構成力が高く自分の撮った写真の本質も十分に理解しているのだと感じた。撮影はもちろん、セレクトも申し分ない出来栄えだ。自分の写真に対しての欲求が明確で、それを透明にしていこうとしている印象だ。写真から作者の若さや勢いも感じられ、クールで透明感のある作品といえる。コロナ禍にあって、身近なものを丁寧に撮っていて好感が持てる作品でもある。展示でも、構成力を存分に発揮して見応えのある作品に仕上げてほしい。
【速水氏 評】
今回の応募作品の中では、最も完成度が高い作品の1つだと感じた。その理由は作品全体を通して感じる一貫性、撮影やセレクトにおけるブレの無さ、にあると思う。何か物語やナラティブがあるのではなく、本作品のタイトルからも想像できるように形而上学的な探索によって生み出される独自の視覚言語の面白さがそこにあるのだと思わせる。展示も完成度の高いものを期待している。

森本 眞生
『わたしの森』

森本 眞生『わたしの森』

2016年終わり頃からコンパクトフィルムカメラで
写真を撮り始めました。

止まることなく流れる日常の中でいまここに在ることの美しさを
写真に写し、心に焼き付けたい。
そんな気持ちで日々撮っています。

【プロフィール】
森本 眞生 Maki Morimoto
1985年 東京都生まれ 瀬戸正人氏主宰 夜の写真学校33期生
-主な展示
「わたしの森」 2019年度ヤングポートフォリオ展(清里フォトアートミュージアム、山梨, 2020)
「わたしの森」 個展(Place M、新宿, 2021)
「The Facing Mirrors」トミモとあきな / 森本眞生(Place M、新宿, 2021)
「わたしの森」 弯曲的直视—中日摄影交流展(中国摄影家协会宁波艺术中心、中国, 2021)
https://morimotomaki.com
https://www.instagram.com/maki.mrmt

【上田氏 評】
写真が上手い、下手といったこと以上に作者の「視線の強度」を感じる作品だ。特にストロボ光で被写体を浮かび上がらせていている数点の作品に、強さを感じた。だが、それを手法として感じさせることなく作品に取り入れており、そうした配慮が、本作に好感を持った要素になっているのだと思う。展示では、説明的な写真を省くなど、強さが感じられる数枚の写真をいかに際立たせるかがポイントになると思う。
【速水氏 評】
言葉にするは難しいタイプの作品。強烈な印象が記憶に残る。私は何を見ているのか、という面白さや視覚的な快楽を感じる。数枚の強い写真があり、それが作品全体を引っ張っている印象を受けた。展示の際は、その数枚に改めて向き合い、構成を再考することで、曖昧さがなく、よりインパクトの強い作品展になるはずだ。

選考委員総評

  • 【上田氏】
    今回は、特に選ぶことの難しさを感じる選考であった。それは、コロナ禍のために人が移動しにくくなり、刺激的な被写体や物事を追いかけることが困難となり、物理的に身近なものを見つめることが多くなったためだと思う。ただ、そうした中にあっても個々の作品をよく見ると、作者個人の独特の視点といったものが見てとれた。加えて、当然だが、やはりそうした時代背景の影響が写真に色濃く写ってくるのだと実感する。時間が経って、今の時代を俯瞰できるようになったとき、独特な視点や写真が生まれていたことに気付くのではないかと思う。コロナ禍が2年も続き、写真を撮る人、見る人共に大きな影響を受けている、その変化をじっくり見つめてゆきたい。
  • 【速水氏】
    今回は、コロナ禍ということもあり、撮りためていたものを再編集した作品が多かったように感じた。それは当然ながら悪い事ではなく、むしろ特定の意味を持たず、文脈によって変化するという写真の特性と、多くの人が向き合ったという事だと思う。実際、今回の選考においては、選考委員である私も少なからず今という時代の影響を受けており、そこが最後に作品を選ぶ上で「なぜ今この作品を選ぶのか」という部分でウェイトになった。また、編集やセレクトの魅力あるいは重要性を改めて感じた。誰もが写真を撮る時代に、その人ならではの視点を紡げるかは、セレクトやシークエンスといった写真編集にあると思うが、益々その事が重要になってきている。そうしたことを意識して、今後の作品制作にも生かしてほしい。

選考委員からのアドバイス

  • 【上田氏】
    応募作品の中にも、1つの独特の手法を見つけ出し、その手法で同様のものを数多く撮影して一群の作品をつくる、といったものが多少見受けられた。しかし、それは場合によっては図鑑のようで、その独特であったはずの被写体が写った写真が、いつのまにかどんな被写体にも置き換え可能なものとなり、同種のものを単に集めたコレクションのようにも見えた。その原因は、一つの強い強制力のある手法によって、個性的で魅力ある被写体が同種の色を帯びてしまい、置き換え可能なものとされてしまうところにあると思う。テーマを決めて、コレクションのように色々な被写体を集めたいといった欲望に対し、平板に見える日常の中に2度と撮れない瞬間を見つけるスナップ写真のほうに、表現・手段としての写真独自の魅力を感じる。一つの強い手法は統一感があり魔力的であり人を惹き付ける装置になりうるが、時間が経つと写された内容よりもその手法の方が印象に残り、次第に写真全体が古びてくる。それに比べ、スナップ写真はあまりに偶発的でランダムだが、その内容はいつまでも新鮮なままフリーズされていると感じている。
  • 【速水氏】
    今回は、どこにも行けない中で自分の内面に向き合って撮って行くなど、自分自身を探るような作品が多かった。これは今の時代らしさを反映しているが、そればかりでなく、未来に向かって行く、外に向かって行くといった写真が、コロナ禍の後に数多く出てくることを期待したい。この2年ほどの間に培ってきたものを生かし、外に目を向けた写真がどのようなものになるのか楽しみだ。応募者の写真の質に差が少ない場合に大きな違いが出るのは、撮影後の編集スキルの差だ。今回選出されなかった作品でも、タイトにセレクトしていれば選ばれた作品も少なくないと思う。写真を撮ることが当たり前の時代だからこそ、撮ったもののセレクトに注力しないと、選考では選ばれにくくなっている。編集にもっと注力してみてほしいと思う。